世界1800位外から3942日ぶりの勝利
GOLF DNA編集部🇮🇹

3行まとめ
- 17歳188日で欧州男子ツアー史上最年少優勝、2013年までに4勝したマッテオ・マナセロは、2018年にフル出場資格を失い世界1800位外へ落ちた。
- トップツアーを離れて一貫性と信頼を作り直し、2023年に下部ツアー2勝、2024年に3942日ぶりの優勝。
- 2026年の現在地まで追う。
17歳188日。2010年のカステリョ・マスターズで、マッテオ・マナセロは欧州男子ツアー史上最年少優勝者になった。
2013年のBMW PGA選手権で早くも4勝目。ここまでなら、天才少年がそのまま世界のトップへ進む物語に見える。
ところが、その先で流れは逆転した。2018年に欧州男子ツアーのフル出場資格を失い、世界ランキングも自己最高25位から1800位外まで落ちた。
そして11年近く後の2024年3月、南アフリカのヨンソン・ワークウェア・オープンでようやく5勝目を挙げる。前回優勝から3942日がたっていた。
この3942日は、何か一つを直して一気に戻った時間ではない。本人の説明を追うと、むしろ「トップツアーからいったん下り、勝てる状態を一段ずつ作り直した時間」だった。
2019年、ゴルフそのものが重荷になった
マナセロ本人は、2019年にはゴルフが重荷になり、数か月競技から離れたと振り返っている。
再出発で重要だったのは、トップツアーに残ることへ固執しなかったことだ。本人は、当時の状態ではトップツアーに居続けながらゲームを作り直すのは難しいと考え、アルプスツアーなど下のカテゴリーへ降りた。
必要だったのは、一発の好スコアではなく、ゲームの一貫性と自分への信頼を戻すことだった。
2020年にはトスカーナ・アルプス・オープンで7年以上ぶりのプロ優勝。2021年はアルプスツアーで2度の2位に入り、チャレンジツアーへ戻った。
それでも、すぐには勝てない。2021年と2022年はチャレンジツアーで未勝利だった。
最年少記録を持つ元トップ選手でも、復帰はショートカットではなかった。
2023年、ようやく階段がつながった
転機が結果として見えたのは2023年だ。
コペンハーゲン・チャレンジとイタリアン・チャレンジ・オープンで2勝。年間順位にあたるロード・トゥ・マヨルカを9位で終え、5年ぶりに欧州男子ツアーの出場資格を取り戻した。
この時期について本人は、2022年末からコーチのソレン・ハンセンと組み、明確なスイング計画を持てたことを挙げている。
ただ、復活の理由はスイングだけではない。
ティーショットからグリーンまでの安定、パッティングの改善、チームやキャディーの存在による落ち着いた心理状態。本人の説明には複数の要素が並ぶ。
だから、「この一つの動きを直したから復活した」とまとめるのは違う。技術、結果、自信を同時に積み直し、それを下部ツアーの競争の中で確認していった過程だった。
3942日ぶりの優勝は、突然起きたわけではない
欧州男子ツアーへ戻った2024年3月、マナセロはヨンソン・ワークウェア・オープンを制した。
2013年のBMW PGA選手権以来、3942日ぶり。ツアー通算5勝目だった。
優勝直後には世界ランキングも381位から182位へ上昇し、2015年3月以来初めて200位以内へ戻った。
11年ぶりの優勝だけを見れば劇的な復活だが、その直前には2023年の下部ツアー2勝と年間9位がある。さらにその前には、2020年のアルプスツアー優勝、2021年の2度の2位、勝てなかった2021年と2022年がある。
3942日ぶりの1勝は、長い空白の最後に突然現れたのではなく、カテゴリーを一段ずつ上がった末に出た結果だった。
米男子ツアーまで戻った。でも、まだ「完全復活」ではない
2024年、マナセロは年間順位のレース・トゥ・ドバイを12位で終えた。
すでに米男子ツアーの資格を持つ選手を除いた欧州男子ツアー上位10人に与えられる枠では6番手となり、2025年の米男子ツアー会員資格を獲得した。
世界1800位外まで落ちた選手が、下部ツアーを経て米男子ツアーまで戻った。ここまでなら復活物語は完成したように見える。
だが、2025年の米男子ツアーは18試合に出場して予選通過10回、トップ10は1回。フェデックスカップ・フォールは166位だった。
2026年9月12日時点では、欧州男子ツアーで20大会に出場し、レース・トゥ・ドバイ108位、344.97点。米男子ツアーの2026年出場は1大会で予選落ちとなっており、出場実績を見る限り主戦場は再び欧州男子ツアーだ。世界ランキングは415位にいる。
出典:DP World Tour(2・3・4・5・6・7) / PGA TOUR(2・3) / owgr.com
関連記事
世界1位アマがランキング圏外へ カントレーをつないだ「10試合」
3行まとめ
- 世界アマ1位を計55週守ったパトリック・カントレーは、腰の疲労骨折で長期離脱し、2017年の復帰時には世界ランキング圏外だった。
- PGA TOURの医療特例で与えられたのは10試合。
- 復帰2戦目のバルスパー選手権で単独2位、68万400ドルを稼ぎ、資格条件を一気に満たした。