造成中に地面が崩れた フェアウェイに「悪魔の口」を残したEl Camaleón
GOLF DNA編集部🇲🇽

3行まとめ
- 造成中、重機が通った場所の地面が崩れ、水をたたえた天然洞窟が現れた。
- グレッグ・ノーマンの設計チームは埋めず、ルーティングも変えず、「悪魔の口」をコースの一部にした。
- 約30×20ヤードのセノーテは2007年のPGA TOUR大会から、2026年の案内でもEl Camaleónの象徴として残っている。
フェアウェイの真ん中に、大きな穴が開いている。
人工のバンカーでも、演出用の造形でもない。メキシコ・リビエラ・マヤのEl Camaleónにある「Boca del Diablo(悪魔の口)」は、地下へ続く天然のセノーテだ。
しかも、この洞窟は最初から設計図に描かれていたわけではない。コースを造っている途中で、地面の下から突然現れた。
造成中、重機の下で地面が崩れた
2007年のAP通信の現地記事によると、開発側は周辺に地下空洞があること自体は把握していた。リゾート内の水路づくりにも、そうした地形が関係していたからだ。
ところが、このセノーテが姿を現したのは、すでにコースの配置が決まり、重機でホールを造成していた最中だった。機械が通った場所の地面が崩れ、がれきを取り除くと、水をたたえた洞窟が現れた。
普通なら、ここで設計変更か埋め戻しを考えそうな場面だ。
実際は逆だった。
当時のゴルフ部門責任者ダグラス・グーボーは、コースの設計は「そのまま」だったと説明している。記事によれば、埋める案はほとんど検討されず、グレッグ・ノーマンも自然への改変をできるだけ小さくする考えを持っていた。
偶然出てきた穴に、コースの方を合わせ直したのではない。穴が出てきても、コースを変えなかった。
約30×20ヤードの「悪魔の口」
その存在感は小さくない。
2007年の大会時の記録では、上から見た開口部はおよそ長さ30ヤード、幅20ヤード。白い砂の入口の先に石灰岩の壁が続き、内部には鍾乳石、水たまり、植物、コウモリまで確認されていた。
当時の554ヤードのパー5では、ティーから約320ヤード地点。大会では赤杭と赤い線で区域が示されていた。
ノーマンは、このセノーテがコースにすぐ「個性」を与える存在だと語り、いわば最初の宣言になる場所として扱った。
設計者が後から作った名物ではなく、土地の下にあったものが名物になったのである。
セノーテは、この土地では「地下への入口」
セノーテは、単なる大穴ではない。
米地質調査所は、ユカタン半島のセノーテを、地下の浸水洞窟へアクセスするための陥没穴として説明している。地下の淡水系とつながり、地域の水資源としても重要な存在だ。
つまりEl Camaleónの穴も、ゴルフ場だけの特殊な造形ではなく、リビエラ・マヤの地質そのものが地表に顔を出した場所だ。
現在のMayakoba公式も、このコースを熱帯林、マングローブ、水路、カリブ海沿岸を巡る18ホール・パー72として案内し、「Boca del Diablo」を代表的な自然の特徴として掲載している。
20年近くたっても、まだコースの顔
このセノーテは、一度きりの珍事件で終わっていない。
2026年4月のPGA.comによるコース紹介でも、パー5の7番にあるセノーテはEl Camaleónを象徴する景観として取り上げられた。Mayakoba公式も2026年現在、コース予約を受け付け、この洞窟を前面に出している。
2007年にはメキシコ初のPGA TOUR大会の舞台となり、その後も大規模なプロ競技が行われてきた。競技会場が変わっても、テレビに映るこの「穴」は残った。
造ったものより、残したものが記憶に残る
ゴルフ場の設計というと、池を掘る、バンカーを造る、マウンドを盛る、といった「何を足したか」に目が向きやすい。
El Camaleónの面白さは、その逆にある。
造成中に偶然現れた地下洞窟を消さず、設計も大きく変えず、その土地にしかない障害として受け入れた。
なお、「環境保全のために残すことが法的に義務付けられていた」と確認できる資料までは見つからない。分かるのは、発見時に埋め戻す方向へ進まず、設計を維持したこと。そして現在も運営側が自然環境をコースの価値として扱っていることだ。
結果として、一番強いコースの記憶は、人間が設計した形ではなく、もともと地下に隠れていた。
フェアウェイの真ん中に口を開ける「悪魔の口」は、ゴルフ場では邪魔になりそうな自然を、消さなかったことで価値に変えた例でもある。
出典:mayakoba.com(2・3) / Golf Channel / PGA of America / usgs.gov
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