賛成64%でも女性入会は否決 ミュアフィールドが全英から外れた日
GOLF DNA編集部🇬🇧
3行まとめ
- 女性の入会に64%が賛成。
- それでもクラブ規約の3分の2に届かず否決され、ミュアフィールドは全英オープンの開催候補から外れた。
- 翌年の再投票、女性会員の誕生、女子メジャー開催まで、6年間の変化を追う。
賛成397票、反対219票。これで否決なのか。
2016年5月、スコットランドの名門ミュアフィールドが女性の入会を認めるかどうか投票した。賛成は64%。だが規約変更には3分の2が必要で、わずかに届かなかった。
その日のうちに、全英オープンを運営するR&Aはミュアフィールドを開催候補から外した。クラブの多数決と大会の開催基準。二つのルールが、一日で表に出た。
64%の賛成でも足りなかった
2016年5月19日の投票は616票。397票が女性会員の受け入れに賛成し、219票が反対だった。
数字だけ見れば、賛成が大きく上回っている。ところが、クラブの規約変更には3分の2の賛成が必要だった。64%では届かず、男性のみを会員とする規定が残った。
ここで誤解しやすい点がある。当時のミュアフィールドは「女性がプレーできないコース」ではない。女性は以前からゲストやビジターとしてコースやクラブハウスを利用できた。問題になったのは、女性が正式な会員になれないことだった。
R&Aはその日のうちに動いた
投票結果を受け、R&Aは同日、今後は女性を会員として認めない会場では全英オープンを開催しないと表明した。
ミュアフィールドは全英の開催候補から外れた。
興味深いのは、R&Aが私設クラブの規約そのものを直接変えたわけではないことだ。「会員制度はクラブが決める。ただし、全英をどこで開くかはR&Aが決める」という、別々の権限が働いた。
しかもR&Aは、クラブの方針が変われば開催地として再検討すると最初から明言していた。
約6週間後、クラブ側は再投票を求める方針を発表する。当時の主将ヘンリー・フェアウェザーは、初回投票とその後の出来事でクラブの評判が損なわれたと説明した。
全英から外れたことだけが再投票の理由だった、とまでは言えない。ただ、外部の大会運営ルールが、内部の会員制度をめぐる議論に強い現実味を与えたことは確かだ。
2回目は80.2%まで増えた
2017年3月14日、2回目の投票が行われた。
結果は498対123。賛成80.2%。
今度は3分の2を大きく超え、女性を会員として受け入れる規約変更が成立した。R&Aもすぐにミュアフィールドを全英開催候補へ戻した。
1回目は64%。2回目は80.2%。
同じクラブで、約10カ月の間に賛成率は16ポイント以上動いた。ただし、その理由を一つに決めつけることはできない。クラブ内部の議論、評判への懸念、全英開催地から外れた現実など、複数の要因が重なった結果と見るのが自然だ。
規約が変わっても、翌日に女性会員が生まれたわけではない
投票で規約が変わってから、実際の女性会員誕生まではさらに2年以上かかった。
2019年6月、クラブは12人の女性を正式に招待し、7月1日から会員として迎えると発表した。既存の会員選考手続きを経たうえでの加入だった。
つまり、2017年は「扉を開けると決めた年」で、2019年が「実際に女性会員が入った年」だ。
制度変更と現実の運用には、時間差がある。
そして2022年、女子メジャーがやってきた
さらに3年後の2022年8月、ミュアフィールドではAIG女子オープンが初めて開催された。
優勝したのは南アフリカのアシュリー・ブハイ。チョン・インジとの4ホールに及ぶプレーオフを制し、初のメジャータイトルを手にした。
2016年には「女性を会員として認めない」という理由で全英開催候補から外れたコースが、6年後には女子メジャーの舞台になっていた。
64%では変わらず、80.2%で扉が開いた。その間、全英の開催地からは外れた。
投票で規約が変わるまで約10カ月。最初の女性会員が入るまでは、さらに2年あまり。女子メジャーが来るまでは、合わせて6年かかった。伝統の変化には、議決から実際の運用まで、いくつもの段階があった。
出典:bbc.co.uk(2) / espn.com / investing.com / aigwomensopen.com
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