裵相文は兵役2年からどう戻った
GOLF DNA編集部🌐

3行まとめ
- 米男子ツアー2勝後に2年間の兵役で競技を離れた裵相文。
- 復帰資格は残されていたが、最初の17戦は予選通過5回。
- 約1年の苦戦を経て、2018年の下部ツアー優勝で翌季の出場資格を取り戻すまでを追う。
米男子ツアーで2勝し、フェデックスカップ自己最高26位。そこから2年間、公式戦のキャリアが止まる。
裵相文は2015年のプレジデンツカップ後、韓国の義務兵役に入り、陸軍でライフル兵として勤務した。普通なら、トップレベルの選手が2年も競技を離れれば、戻る入口そのものが問題になる。
ところが裵には、復帰時の出場資格を保つ仕組みがあった。それでも、戻っただけでは元の位置には戻れなかった。
2勝した直後に、競技が止まった
裵は兵役前に米男子ツアーで2勝している。2013年のHPバイロン・ネルソン選手権、そして2014-15年シーズンのフライズ・ドットコム・オープンだ。
2014-15年はフェデックスカップ26位。ツアーで居場所を作った直後の2015年、プレジデンツカップを終えて2年間の兵役へ入った。
ここで重要なのは、ツアー側もこの離脱を通常の「成績不振による資格喪失」とは扱わなかったことだ。
戻るための入口は残されていた
米男子ツアーは2015年時点で、兵役のような「義務的な事情」を既存の救済制度の対象として扱い、復帰時に休止前の出場資格へ戻れる仕組みを示していた。
制度上はメジャー・メディカル/ファミリー・クライシスの救済カテゴリーを使った扱いで、2017-18年の公式資料では裵の資格はメジャー・メディカル延長枠として記録されている。
兵役を医療問題とみなしたという意味ではない。競技を本人の選択だけで中断したわけではない選手を、既存の救済カテゴリーに載せて復帰させる仕組みだった。
裵は2017年のセーフウェイ・オープンで米男子ツアーへ戻った。
資格は戻った。だが、スコアはすぐには戻らなかった。
復帰初年度は17戦で予選通過5回
2017-18年シーズン、裵は17試合に出場し、予選通過は5回。トップ25は1回で、最高成績はAT&Tペブルビーチ・プロアマの15位タイだった。フェデックスカップ順位は202位に終わった。
本人は翌年の優勝後、兵役から競技へ戻ってから元の感覚を取り戻すまで「ほぼ1年」苦戦したと振り返っている。
この成績低下を兵役だけの結果と決めつけることはできない。確認できるのは、復帰資格を持って戻った一方で、最初のシーズンには17戦で5回しか週末へ進めず、本人自身も長い調整期間を認めていたことだ。
そして、通常のツアー成績だけでは翌季の安定した出場資格を確保できなかった。
ボイジーの最終18番でカードが動いた
転機は2018年9月、当時の下部ツアー最終戦シリーズだった。
裵はアルバートソンズ・ボイジー・オープンで通算19アンダー、265。最終18番をバーディーとして優勝し、2018-19年の米男子ツアー復帰を決めた。
当時の仕組みでは、下部ツアーの最終戦シリーズにも翌季の米男子ツアーカードを得る枠があった。裵はそのシリーズの賞金順位2位に入り、最終的な優先順位は4番手。ボイジーでの優勝によって、兵役前の資格に頼るだけではなく、成績で翌季のカードを取り直したことになる。
ここがこの復帰の核心だ。ツアーの救済制度は「戻る扉」を残したが、そこで成績が足りなければ、別の資格ルートからもう一度カードを取りに行く必要があった。
復帰後の資格は一枚ではなかった
2018-19年の公式資料を見ると、裵にはメジャー・メディカル延長枠として10試合の機会が残され、そこで295ポイントを獲得すれば基準を満たす設計になっていた。
同時に、そこへ届かなかった場合でも、下部ツアー最終戦シリーズで得た資格カテゴリーへ移って出場できる状態だった。
つまり2018年のボイジー優勝は、単なる「復活優勝」ではない。2年間の離脱後に与えられた救済資格だけでは安定しなかった選手が、競技成績によって次の出場経路を自分で作り直した一勝だった。
2026年の現在地はフルシードではない
その後も裵は米男子ツアーと下部ツアーで競技を続けているが、2018年のカード回復が長期のフルシード定着につながったわけではない。
2025年の下部ツアーでは4試合に出場して予選通過1回、最高39位タイ。2026年の出場資格一覧では「米男子ツアー過去優勝者」のカテゴリーに入り、同年7月のコラレス・プンタカナ選手権にはスポンサー招待で出場している。
だから、裵相文の3年間を「兵役から帰ってすぐ復活した」とまとめると肝心な部分が抜ける。
実際には、2年間の兵役、救済資格での復帰、17戦5予選通過という約1年の苦戦、そして下部ツアー最終戦シリーズでの優勝という段階を踏んだ。戻る入口は制度が残した。しかし、米男子ツアーのカードをもう一度確かなものにしたのは、2018年の最終18番で奪ったバーディーだった。
出典:PGA TOUR(2・3・4・5・6・7) / pgatourmedia.pgatourhq.com(2・3・4)
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