ニュース

コラムツアー・選手

2フィートを外しても勝った 2001年全米オープン、グーセンの翌日18ホール

2001年全米オープンの最終18番。レティーフ・グーセンは、決めれば優勝という2フィートのパーパットを外した。しかし、より長い返しのパットを沈めてマーク・ブルックスとのプレーオフへ進み、翌日の18ホールで勝った。

カップの縁を外れたボールとパターを描いた概念イラスト

最終18番で勝負は終わらなかった

USGAの記録によると、最終ホールではグーセン、ブルックス、スチュワート・シンクに優勝の可能性があった。グーセンは短いパーパットを外した後、返しを決めてブルックスと並んだ。USGAの記事は返しの正確な距離を示していない。

翌日の18ホールで逆転

グーセンはプレーオフの5ホールを終えた時点でブルックスに1打遅れていた。だが、続く5ホールで3バーディーを奪い、流れを変えた。最終的にイーブンパーの70で回り、ブルックスに2打差で初の全米オープン優勝を果たした。

勝利を決めるはずの短いパットを外した後、返しの一打で翌日に望みをつないだ。その翌日に18ホールを戦い抜いたことまでが、2001年大会の決着だ。

3行まとめ
  • 2001年全米オープンの最終18番で、レティーフ・グーセンは優勝を決める2フィートのパーパットを外した。
  • 返しを沈めてマーク・ブルックスとの18ホールのプレーオフに進み、翌日は70で回った。
  • 2打差の勝利に至る過程を、主催団体USGAの記録でたどる。

GOLF DNA編集部🇿🇦

あとで読む保存した記事へ →

出典:USGA

コラムツアー・選手
試合・記録
🇺🇸

フェアウェイ6ホールでも67 デシャンボーが2020年全米オープンを6打差で制した

3行まとめ
  • 2020年全米オープン最終日、デシャンボーは2打差を追う位置から67を出し、ウルフに6打差をつけて優勝した。
  • 8番で1打リード、9番は両者イーグル。
  • 10番のウルフのボギーと11番のデシャンボーのバーディーで差が3打に開いた。
記事を読む →
コラムツアー・選手
その他
🇺🇸

ホーガン製クラブでホーガンに勝った 1955年全米オープン、フレックの逆転

3行まとめ
  • 1955年の全米オープンで、アイオワ州の市営コースのプロだったジャック・フレックがベン・ホーガンを追い上げた。
  • 最後の4ホールで2バーディーを奪って並び、翌日の18ホールプレーオフで勝利した。
  • フレックが使っていたのは、相手のホーガンの会社が作ったクラブだった。
記事を読む →

ニュースを、背景までたどる

関連記事や百科へ。広げた枝はこのブラウザに自動保存。