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1876年全英オープン、 決定戦を 相手が 拒否 優勝者は 一人で コースを 歩いた
1876年の全英オープンで、ボブ・マーティンとデービー・ストラスはともに176打で並んだ。36ホールのプレーオフが予定されたが、ストラスは出場しなかった。マーティンは対戦相手のいないコースを歩き、不戦勝で優勝した。
17番で前組がまだパットをしていた
会場のセントアンドルーズ・オールドコースでは、全英オープンと同時に一般のプレーも行われていた。大会公式の回顧によると、ストラスは17番グリーンに前組の選手が残っていることに気づかずアプローチを打ち、その選手に球を当てた。
失格を求める声に対し、大会委員会はプレーオフを行ってから処分を判断するとした。ストラスは裁定を先に出すよう求めたが、委員会は方針を変えず、ストラスは決定戦への出場を拒んだ。
マーティンが一人で歩いた決定戦
全英オープンの公式選手紹介によると、マーティンは予定時刻に一人でコースを歩き、優勝者となった。二人は本戦で同じ176打だったため、決定戦で打数を競う機会はなかった。
マーティンは1885年にもセントアンドルーズで全英オープンを制した。1876年のストラスに対する最終的な規則裁定は、確認した大会公式の2資料には記されていない。
3行まとめ
- 1876年全英オープンでボブ・マーティンとデービー・ストラスは176打で並び、36ホールのプレーオフが予定された。
- ストラスは17番で前組の選手に球を当て、失格の裁定を決定戦前に出すよう求めたが、認められず出場を拒否。
- マーティンは予定時刻に一人でコースを歩き、不戦勝で優勝した。
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