国・地域未確認 · 男子・一般
アントニオ・セルダ
Antonio Cerda
日本語名は仮表記です。英語名を併記しています。
人物と歩み
1950年代の全英で優勝を争ったアルゼンチンの選手。同国のデビセンゾとともに、南米勢の存在を英国で示した。
1951年ロイヤルポートラッシュではフォークナーを追い、2打差の2位。1953年のカーヌスティでも、ホーガンに次ぐ2位グループに入った。
二つの異なるリンクスで上位に入った実績がある。確認できた競技記録を軸に紹介し、資料で確定していない生涯の勝利数は加えていない。
1951年と1953年の準優勝を含め、全英では7大会連続でトップ10に入った。単年の惜敗だけでなく、異なるリンクスで南米勢の競争力を示し続けた選手である。
ゴルフ史でたどるキャリア
全英が、海を渡って北アイルランドへ。
フォークナーは71、70、70で最終ラウンドを6打リードで迎えた。最後は74だったが、合計285打。追い上げたアルゼンチンのアントニオ・セルダを2打差で振り切り、ジャグを手にした。
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プロフィール
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