公共コースの 普及は、 ゴルフを 上流階級中心の スポーツから 変える きっかけに なった?
人種・階級・ゴルフ史
まず答え
はい、少なくとも米国では大きな要因の一つでした。第一次世界大戦後に公共コース利用者と施設が増え、私設クラブ会員でないゴルファーが大きな層になりました。1922年にはUSGAが公共コース選手向けの全米選手権を創設しています。
詳しい解説
公共コースの普及は、ゴルフへの参加経路を私設クラブの会員制度だけに限定しない方向へ広げました。ただし、「公共コースだけでゴルフが階級スポーツから大衆スポーツへ変わった」と単純化するのは適切ではありません。
USGAの公式史では、第一次世界大戦後にpublic-course golfersの人数と公共ゴルフ施設が大きく増えたと記録されています。1922年にはpublic golfが非常に人気になっていたため、U.S. Amateur Public Links Championshipが創設されました。当時のU.S. AmateurはUSGA加盟クラブの会員でなければ出場できず、Public Linksは公共コースのゴルファーに全国選手権の機会を与える役割を持っていました。
この変化の意味は、ゴルフ場へ行ける人が増えただけではありません。クラブ会員資格を持たない人でも、公共コースでプレーし、競技を続け、全国レベルの大会を目指せる入口が作られたことです。USGAは、公共コースの増加を当時のゴルフ人口構成の変化として捉えています。
一方で、公共コースができればすべての参加障壁が消えたわけではありません。人種、性別、地域、費用、競技資格など別の障壁は残りました。実際、公共コース利用者が増えた後も、競技参加や会員制度の制限が続いた例があります。
したがって、公共コースの普及は、ゴルフを限られた私設クラブ中心の世界から広い参加層へ開く重要な仕組みの一つでしたが、大衆化は施設供給、交通、所得、メディア、競技制度など複数の要因が重なって進んだと見るのが適切です。