伝説の一打、その前と後
逆さまのクラブと、
奇跡の翌日
サンドウェッジを隠した男は、歴史に残る一打を放つ。けれど、その一打だけでは勝てなかった。
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ジーン・サラゼンの物語を聴く
約4分40秒 · 一人語り

ジーン・サラゼン(1922年)
写真:National Photo Company Collection / Library of Congress / 出典 / パブリックドメイン
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米国男子ツアー通算38勝、メジャー7勝。現在の男子四大メジャーを史上初めてすべて制したジーン・サラゼンは、現代のサンドウェッジの発展にも大きな足跡を残した、ゴルフ史を代表する名手である。
1932年の全英オープン。ジーン・サラゼンはバンカーからショットを打つと、使ったクラブをバッグへ逆さまに戻したと伝えられている。グリップではなく、ヘッドが下。ほかの選手には、その形を見せたくなかったのだ。
いま私たちが当たり前に使うサンドウェッジ。その原型を、サラゼンはバッグに隠していた。
失敗を、打ち方だけのせいにしなかった
サラゼンは少年時代にキャディーを始め、ほぼ独学でゴルフを覚えた。20歳の1922年には全米オープンと全米プロ選手権を制している。腕はすでに一流だった。それでもバンカーでは、クラブの刃が砂に深く潜ればボールが出ず、きれいに当てれば飛びすぎるという難しさがあった。
そこで彼が考えたのは、もっと器用に打つことだけではない。クラブの底を砂にどう触れさせるかだった。底の後方を使って刃が潜りすぎるのを防ぐ発想は、現代のサンドウェッジの「バウンス」につながる。飛行機の離陸を見た経験が着想になったという話も残るが、これは後年伝えられたエピソードとして受け取りたい。
その新しいクラブを携えて臨んだ1932年の全英オープンで、サラゼンは優勝した。逆さまに戻したという逸話は、道具の形にまで踏み込んだ彼の工夫を、ひと目で伝えてくれる。
奇跡の一打は、優勝ではなかった
3年後の1935年、オーガスタ。現在のマスターズにあたる大会の最終ラウンド、15番パー5で、サラゼンは残り235ヤードの第2打を4番ウッドで放った。ボールはカップへ消える。ダブルイーグル、いま日本でいうアルバトロスだ。
誰もが結末にしたくなる一打。でも、その時点では優勝していない。首位のクレイグ・ウッドに並んだだけだった。勝負は翌日の36ホール・プレーオフへ続き、サラゼンはそこで5打差をつけて勝った。この勝利で、現在の男子四大メジャーを最初にすべて制した選手となる。
一打が伝説になっても、翌朝にはもう一度ティーに立つ。彼が残したのは奇跡だけではなく、奇跡の後に勝ち切った記録でもある。
バッグの中に残った発想
バンカーで困れば、失敗しやすい道具の形から考え直す。大きな一打を打っても、次の日の勝負を引き受ける。二つの場面を並べると、サラゼンの強さはひらめきだけではなかったのだと思う。
次にバッグからサンドウェッジを抜くとき、底を少し眺めてみたい。かつて隠すように逆さまに戻された一本は、いまやゴルファーのごく普通の道具になっている。