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LISTEN GOLF第2回・ウォルター・ヘーゲン

クラブハウスの外にいた大スター

高級車で靴を替え、優勝杯をなくし、少年には優勝賞金を丸ごと渡す。

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ウォルター・ヘーゲンの物語を聴く

約4分29秒 · 一人語り

コートとネクタイ姿のウォルター・ヘーゲン

ウォルター・ヘーゲン(撮影年不詳)

写真:Bain News Service / Library of Congress / 出典 / パブリックドメイン

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全米プロ選手権5勝を含む、メジャー通算11勝。ウォルター・ヘーゲンは、圧倒的な実績と華やかな振る舞いで、プロゴルファーの社会的地位も押し上げた大スターだった。

全米オープンを二度勝っていても、クラブハウスには入れない。

1920年、初めて全英オープンに出場したウォルター・ヘーゲンを待っていたのは、そんな待遇だった。

服装が悪かったわけでも、何か不始末をしたわけでもない。プロだったからである。

今では信じられないかもしれないが、当時の英国ゴルフには、プロよりアマチュアの方が社会的に上だという区別があった。余暇にゴルフを楽しむ紳士と、ゴルフで生計を立てる職業人。この大会の会場でも、クラブハウスはアマチュア専用だった。

そこでヘーゲンは、クラブハウス前に停めた当時の高級車ダイムラーの中で、靴を履き替えた。

建物の中には入れない。だが、その目の前には高級車が停まり、全米王者が身支度をしている。入場を断った側より、外にいる男の方が目立ちそうな光景だ。

日本にも似た時代はあった。戸張捷は、1960年代末でも一部の会員制コースではプロがクラブハウスに入れず、が別のプロ部屋で食事をしていたと回想している。

そんな扱いが珍しくなかった時代に、ヘーゲンはこんな言葉を残した。

「億万長者になりたいのではない。億万長者のように暮らしたい」

優勝杯を持ってこない理由

ヘーゲンには、こんな困った逸話も残っている。

全米プロの王者が預かるワナメーカー・トロフィー。ヘーゲンは、この大事な優勝杯をなくしてしまった。

後に本人が語った説明では、祝勝の途中、タクシーの運転手に金を渡し、優勝杯をホテルに届けるよう頼んだという。自分は、さらに祝いに出かけた。ところが、優勝杯は戻ってこなかった。

そして、大会に優勝杯を持参しなかった理由を尋ねられると、誰かに譲るつもりはないので持ってこなかった、という趣旨の説明をしたと伝わる。

なくしてしまった、とは言わない。誰にも渡さないから必要ない、という言い分である。

負ければ、ただちに困る言い分だ。だが、ヘーゲンは1924年から1927年まで全米プロを四連覇した王者である。優勝者が変わらなければ、次の誰かに杯を渡す必要もない。

優勝杯は見当たらないまま。優勝者の名前も、ヘーゲンのまま。

1928年、ついに彼が敗れると、この話は隠し通せなくなった。ヘーゲンは紛失を認め、新王者のには、本来の優勝杯を渡せなかった。

ディーゲルにしてみれば、あのヘーゲンがついに敗れた大会で優勝したというのに、杯までなくなっていたわけだ。こちらには笑い話ではない。

四連覇という記録には、そんな、勝ち続けた本人にしか通用しない言い訳まで付いている。

少年に渡った優勝賞金

優勝杯の扱いは困ったものだが、金の扱いには、別の驚きがある。

1929年の全英オープン。優勝したヘーゲンは、賞金100ポンドを、16歳のキャディに全額渡した。世界ゴルフ殿堂が伝える逸話である。

優勝賞金からチップを出したのではない。優勝賞金そのものを渡している。

高級車に乗り、華やかに着飾る男が、自分のバッグを担いだ少年にも、これだけの金を渡す。派手に暮らすとは、自分のために使うことばかりではなかった。

ヘーゲン自身も、少年時代はキャディだった。

キャディから身を起こした王者の賞金が、今度は別の少年の手に渡っている。

大広間での礼

ヘーゲンはメジャー大会を十一度勝った。しかし、後の選手たちが彼に感謝したのは、勝利の数だけではなかった。

後年、ヘーゲンをたたえる夕食会で、は、プロが階下のプロショップではなく大広間で会食できるようになったことを、ヘーゲンの功績として語った。

かつてクラブハウスに入れず、車の中で靴を替えた男に、次の時代の大スターが、大広間で礼を述べている。