済州島のTHE CJ CUPは消えたのか 大会から「名前」へ変わってテキサスに残ったもの
GOLF DNA編集部🌐
3行まとめ
- 2017年に韓国初のPGA TOUR大会として始まったTHE CJ CUP。
- コロナ禍の米国開催を経て、2024年からCJは既存のByron Nelson大会のタイトルスポンサーになった。
- 同じ大会がそのまま移転したのではなく、名前と韓国選手への機会がどう残ったかを追う。
2026年のPGA TOUR日程を見ると、テキサス州TPC Craig Ranchに「THE CJ CUP Byron Nelson」という大会がある。
名前だけを追えば、済州島で始まったTHE CJ CUPが、そのまま米国へ引っ越したようにも見える。
でも実際の歴史は少し違う。
韓国初のPGA TOUR大会は、コロナ禍で開催地を失い、米国内を転々とした。その後CJは、古い大会をそのまま運ぶのではなく、ダラスに長く存在していたByron Nelsonのタイトルスポンサーになる道を選んだ。
残ったのは「大会そのもの」より、THE CJ CUPという名前と、そこで育ててきた仕組みだった。
2017年、済州島にできた韓国初のPGA TOUR大会
THE CJ CUP @ NINE BRIDGESが始まったのは2017年。
PGA TOURはこの大会を、韓国で初めて開かれるレギュラーシーズン大会と説明している。会場は済州島のNine Bridges。初回は78人で、ジャスティン・トーマスがプレーオフを制した。
特徴の一つが、韓国選手へ明確な出場経路を用意していたことだった。
初回からKPGA選手や韓国籍選手向けの枠があり、2022年の米国開催時にもKPGA上位5人と韓国籍の世界ランキング上位3人という経路が残っていた。
つまり、単にCJの名前を冠した大会ではない。
韓国の選手をPGA TOURの舞台へつなぐ「入口」まで大会設計に入っていた。
コロナで米国へ。しかし最初から永久移転ではなかった
転機は2020年だった。
新型コロナウイルスの影響で韓国開催が難しくなり、大会はラスベガスのShadow Creekへ移る。
PGA TOURもCJも、移転理由として感染症の影響を明示していた。CJ側は当時、翌年に韓国へ戻ることへの期待も示している。
一方で、米国開催には別の意味もあった。
PGA TOURは、米国での開催がCJブランドを新しい時間帯や視聴者へ届ける機会になると説明していた。
2021年はThe Summit Club、2022年はCongaree Golf Club。
結果としてTHE CJ CUPは3年続けて米国で開催された。
ただし、ここまでならまだ「韓国大会の開催地変更」と呼べる。
大きく性格が変わったのは、その次だ。
2024年、CJは別の歴史を持つ大会の冠になった
2023年9月、PGA TOURが発表した内容は「THE CJ CUPをテキサスへ移転する」ではなかった。
CJ Groupが、ダラス地域で既に行われていたPGA TOUR大会の長期タイトルスポンサーになる、という契約だった。
その大会がByron Nelsonである。
Salesmanship Club of Dallasは1968年からByron Nelsonの名を冠した大会を支えてきた。CJはそこへ入り、2024年から大会名を「THE CJ CUP Byron Nelson」に変更した。
CJの公式発表によれば、タイトルスポンサー契約は2024年から10シーズン、2033年まで。
ここは重要だ。
済州島の78人大会が、そのままテキサスへ移ったと考えると歴史を少し間違える。
既存のダラス大会にCJが新たなタイトルスポンサーとして加わり、THE CJ CUPというブランドを重ねた、という方が正確だ。
それでも「THE CJ CUPらしさ」は残された
面白いのは、名前だけを貼り付けたわけではないことだ。
CJは2017年に始めたジュニア育成企画「Bridge Kids」を新しい大会でも継続した。
韓国文化を取り入れたトロフィーや、韓国食を紹介する大会運営も引き継いだ。
韓国選手への入口も形を変えて残っている。
旧THE CJ CUPにはKPGA順位などによる明示的な韓国選手枠があった。一方、2026年大会ではKPGAのペ・ヨンジュンがスポンサー推薦で出場し、予選を通過して62位タイ。キム・シウは2位に入った。
昔と同じ出場制度ではない。
だが「韓国の選手を世界へつなぐ」というCJ側の狙いは、新しい大会でも見える。
2026年、テキサスでTHE CJ CUPは10年目を迎えた
2026年5月、THE CJ CUP Byron NelsonはTPC Craig Ranchで開催された。
ウィンダム・クラークが最終日に60を出し、通算30アンダーで優勝した。
CJはこの大会を、2017年から数えてTHE CJ CUPの10年目と位置づけている。
この数え方も象徴的だ。
法的にも競技史的にも、済州島の大会とByron Nelsonを完全に同じ大会だと断定する材料はない。
それでもCJは、2017年から続くブランド、選手支援、ジュニア育成、韓国文化の発信を一本の物語としてつないでいる。
消えたのではなく、「大会」から「仕組み」へ変わった
THE CJ CUPの歴史を見ると、スポーツイベントの残り方にはいくつか形があることが分かる。
同じコースで毎年続くことだけが継続ではない。
開催地は済州島からラスベガス、さらに米国内を移り、最後は既存のByron Nelsonと組み合わさった。
変わったものは多い。
しかし、THE CJ CUPの名前、韓国選手への機会、育成企画、CJがゴルフを使って世界へ出ていくという目的は残った。
韓国初のPGA TOUR大会は、テキサスへ「引っ越した」というより、別の大会の中へ入り込みながら生き延びた。
ゴルフ大会の歴史として見ると、その方がずっと面白い。
出典:PGA TOUR(2・3・4・5) / newsroom.cj.net(2)
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