オールドコースを荒らしたウサギ 20年の争いを終わらせたのは判決ではなかった
GOLF DNA編集部🇬🇧
3行まとめ
- セントアンドリュースでは、商業用のウサギがゴルフのリンクスを傷め、利用権をめぐる争いになった。
- 1806年に駆除権をめぐる判断が出ても対立は終わらず、1821年に土地を買ったジェームズ・チープが繁殖地の撤去方針を示した。
- 今もオールドコースに残る公共的な利用を考えると、単なる珍事件ではない。
1821年、セントアンドリュースのリンクスを買ったジェームズ・チープは、自分にはウサギを繁殖させる権利があると主張しながら、その繁殖地を撤去する意向を記した。ゴルフ場を荒らしたウサギとの争いは、判決一つで終わったわけではなかった。
舞台は、今のオールドコースがある海辺のリンクスだ。18世紀末、市の財政難を背景に土地の権利が売られ、1799年にはチャールズ・デンプスターと息子カスカートが商業的なウサギ飼育に関わるようになった。ウサギは肉と毛皮になるが、地面には穴や掘り跡を残す。ゴルファーにとってはプレーする場所そのものが傷む問題だった。
勝ったはずの裁判で、なぜ終わらなかったのか
リンクスは、初めからゴルフ専用地ではない。1552年の勅許状には地元の人々がここでゴルフをする権利が認められ、放牧などにも使われてきた。土地の商業利用と、長く続いた利用権がぶつかったのである。
ゴルフ史家ライル・スロヴィックが裁判記録をたどったところ、1806年5月にはゴルファー側のウサギ駆除を認める判断が出た。しかしセントアンドリュース大学が所蔵する史料には、その年の7月にもカスカートが住民へ狩猟停止を求める告知を出し、1週間後に町側が反論した記録が残る。判断が出ても争いは続いた。さらに歴史家の整理では、後の上訴を経て駆除権についての判断も覆された。
新しい所有者が選んだこと
転機は1821年。地元の地主でゴルファーでもあったチープがリンクスを取得した。大学所蔵の宣言案には、自分にウサギ繁殖地を持つ権利はあるが、ゴルファーへの善意として繁殖地を撤去し、リンクスへの被害を防ぐという意向が記されている。権利を争うだけでなく、土地の使い方そのものを変える選択だった。
オールドコースは現在も原則として日曜はゴルフを休み、公式の抽選案内は一般のゴルファーにも開かれた運用をうたう。昔の争いと今の制度を一直線につなぐことはできない。それでも、世界的なコースが誰のための場所なのかを考えるとき、ウサギをめぐる20年ほどの争いは意外な入口になる。
出典:collections.st-andrews.ac.uk(2) / lyleslovick.wixsite.com / scottishgolfhistory.org / standrews.com
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