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ホーガンの 金属ドライバーは 1960年代初頭の 試作と 推定 UT風ヘッドも あった
ベン・ホーガンの試作品には、黒い金属製ドライバーと、いまのユーティリティーを思わせる銀色のヘッドが残っている。財団側が示した推定年代は、1960年代初頭。スイングの名手として知られるホーガンは、クラブの形もずいぶん自由に試していた。
米国男子(PGAツアー)が2022年に掲載したGolfWRXの取材記事は、ベン・ホーガン財団がコロニアルCCへ持ち込んだ試作品5本を紹介している。年代の説明は財団CEOのロバート・ステネット氏によるもので、製造年が確定したという話ではない。
木製ドライバーの時代に、金属を試す
比較すると、その早さが分かる。テーラーメイドの初代メタルウッド「ピッツバーグ・パーシモン」の発売は1979年。同社の公式年表で確認できる。ホーガンの試作が推定どおりなら、それより十数年前に金属ヘッドを作っていたことになる。
ただし、市場に出た製品と、保管された試作品は別だ。米国男子(PGAツアー)の記事によれば、この黒いドライバーは市販もツアーでの競技使用もされなかった。銀色のヘッドも、現代のUTに似ているからといって、同じ性能や開発目的まで証明されたわけではない。ホーガンをメタルウッドやUTの発明者とする材料ではない。
パターはトウ側からシャフトが入る
金属を使ったことだけが面白いのではない。5本の中には、ヘッドの先端、トウ側からシャフトが入るパターもあった。素材だけでなく、シャフトをどこに取り付けるかまで試していたのだ。
別の取材でも、その実験の幅がうかがえる。GolfWRXが2014年にホーガン用具会社のCEO、テリー・ケーラー氏に聞いた記事には、波形の溝を持つウェッジや、現代のハイブリッドに似た小さなアルミヘッドのウッドが登場する。整った市販品の印象とは違い、残された試作には見慣れない形が多い。
自分で打ち、工場へ戻して直す
ステネット氏が説明する開発の進め方も興味深い。ホーガンは試したクラブを自分で打ち、工場へ持ち帰って調整を繰り返していたという。道具を作る側と、打って確かめる側が同じ人物だった。
試作品を現代のクラブと見比べると、つい「未来を見通していた」と言いたくなる。けれど、形が似ていることと、飛び方が同じことは違う。何を製品に採用するかが決まる前の段階まで残っているからこそ、このコレクションは面白い。ホーガンが選んだクラブだけでなく、試してみた選択肢にも目を向けたくなる。
3行まとめ
- ベン・ホーガンの試作品には、1960年代初頭の作とされる金属ドライバーと、現代のUTに似たヘッドが残る。
- トウ側からシャフトが入るパターなど、素材だけでなく形も大胆に試していた。
- 市販品の発明史ではなく、自ら打って修正を重ねたクラブ開発の話だ。
出典:PGA TOUR / TaylorMade 技術情報 / GolfWRX
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