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最後の パットを 譲った 一瞬が、 コースと 賞の 名に ライダーカップ1969
最後のパットを譲る
1969年、英国ロイヤルバークデールで行われたライダーカップの最終ホール。ジャック・ニクラスは、対戦相手トニー・ジャクリンに残された短いパットをコンシードした。相手の次の一打を打ったものとして認める判断だ。2人の対戦は引き分けとなり、大会も史上初の引き分けで終わった。米国はカップを保持した。
短いパットでも外す可能性はある。米国男子(PGAツアー)の記事によれば、ジャクリンが外していれば米国は大会を単独で制していた。ニクラスはその可能性を残さず、相手に打たせないことを選んだ。
共同設計のコースへ
後に2人は、フロリダのゴルフ場を共同設計した。2006年に開場した「The Concession Golf Club」という名は、あの譲歩を指す。試合での一瞬が、長く残るコースの名前になった。
スポーツマンシップをたたえる賞へ
2021年にはPGA of America、Ryder Cup Europe、Aonが「Nicklaus–Jacklin Award」の創設を発表した。当時の発表では米国と欧州の各チームから1人ずつ、スポーツマンシップやチームワーク、重要な場面での判断を体現した選手をたたえると説明した。公式発表は1969年のコンシードを賞名の由来に挙げている。
ライダーカップには引き分けという結果が残った。同時に、相手のパットを譲った判断はコースと賞の名前として受け継がれた。
3行まとめ
- 1969年ライダーカップの最終ホールで、ニクラスはジャクリンの短いパットを譲った。
- 初の引き分けで米国はカップを保持。
- その場面は2人が共同設計したコースの名前になった。
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出典:rydercup.com / PGA TOUR
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