コラムツアー・選手
優勝後、 コミッショナーも 設計者も 池へ 1982年ザ・プレーヤーズの 祝勝
1982年のザ・プレーヤーズは、TPCソーグラスのスタジアムコースで初めて開かれた。ジェリー・ペイトは最終日に67を出し、17番と18番を連続バーディー。優勝後、18番グリーン脇の池に大会コミッショナーのディーン・ビーマンと設計者ピート・ダイを入れ、自分も飛び込んだ。
濡れる前に時計と財布を預けた
大会公式サイトが2024年に掲載した回想で、ビーマンの妻ジュディは、ペイトから夫の時計と財布を預かるよう頼まれたと話した。ペイトの計画を知っていたが、夫はスーツの上着もネクタイも外さずに池へ入ったという。
ディーンによると、濡れた衣服はクリーニングでも戻らず、処分した。翌日には、TPCソーグラスの用地を寄贈した家族の母親からジュディへ電話があった。ジュディは、その女性が池での祝賀を不快に思っていたと振り返る。
最終日の17、18番で連続バーディー
大会公式の歴代優勝者ページによると、ペイトは前日の18番で球を池に入れ、優勝は難しいと思った。それでも最終日の終盤に巻き返し、2打差で勝った。米国男子(PGAツアー)通算8勝目だったが、後に肩を痛め、同ツアーでは最後の優勝となった。
ビーマンは2024年の回想で、初開催当時のコースは厳しすぎたと話し、その後も選手の意見を聞いて設計を改めたと説明している。ペイトの祝勝は、新コースの最初の大会が終わった直後の出来事だった。
3行まとめ
- 1982年、TPCソーグラスで初開催されたザ・プレーヤーズをジェリー・ペイトが制した。
- 最終日67で17、18番を連続バーディーとした後、ペイトは大会コミッショナーとコース設計者とともに18番脇の池に入った。
- コミッショナーの妻ジュディは、夫の時計と財布を先に預かるようペイトに頼まれたと2024年の回想で語っている。
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出典:theplayers.com(2)
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