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国・地域未確認 · 男子・一般

ダウ・フィンスターワルド

Dow Finsterwald

日本語名は仮表記です。英語名を併記しています。

人物と歩み

オハイオ大学で競い、全米プロ王者となった米国のプロ。選手時代の後にも、クラブの仕事と代表チームの指揮を担った。

1958年、ストロークプレーへ変わった最初の全米プロを優勝。最終日67打、合計276打でを2打上回った。

ライダーカップでは選手として出場し、1977年は米国の主将として勝利した。個人で合計打数を競う舞台の王者から、仲間の力をまとめる役割へも歩みを広げた。

派手な飛距離よりも崩れにくいプレーで、長い連続予選通過を記録した。ツアーで勝利を積み重ねた安定性が、ストロークプレーへ変わった全米プロの初代王者という結果につながった。

ゴルフ史でたどるキャリア

  1. 全英は36ホール延長。全米プロは方式を変える。

    ラナークの全米プロは、従来のマッチプレーから四日間72ホールのストロークプレーに変更。ダウ・フィンスターワルドが最終日67打を出し、276打で優勝した。キャスパーとの差は2打だった。

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