1958年
全英は36ホール延長。全米プロは方式を変える。
マスターフラッグを時代のアイコンに、世界と日本の賞金・主要大会・ゴルフの歩みを振り返る。トムソンとデーブ・トーマスが、全英の新記録278打で並んだ。さらに36ホールを戦って決着。同じ年、全米プロはマッチプレーから72ホールのストロークプレーへ変わる。
賞金王と、この年の競技の歩み
SEASON LEADERS世界と日本の賞金首位。ツアー制度の成立前、戦時の未集計、参考記録は区別して読む。
米男子 · PGAの記録
1958年
$42,607.50
年間賞金首位(歴代記録)
公式記録集に掲載された年間の賞金首位。現在のボーナスや後年のシーズン区分とは合算しない。
米女子 · LPGA
1958年
$12,639
年間賞金ランキング 1位
米女子ツアーの年間賞金首位。大会優勝やアマチュアのメジャー優勝とは分けて振り返る。
日本男子 · ツアー制以前
1958年
現行ランキングの成立前
公式ツアー賞金王の対象外
現行のツアー制度は1973年開始。この年の日本は、全国選手権やアマチュア競技、競技再開の歩みで振り返る。
日本女子 · 国内ツアー
1958年
ツアー賞金記録の成立前
歴代賞金女王表は1968年から
日本プロゴルフ協会の女子部が1967年に発足。1968年からの歴代賞金女王表を、この年へ遡らせない。
男子メジャーは4大会の開催・休止を表示。全米プロは1957年までマッチプレー、1958年からストロークプレー。女子は当時の主要選手権を並べ、後年の4大会・5大会制を遡らせない。
メジャーの勝者を、一望する
MAJOR CHAMPIONS1958年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
開催されたメジャーと、その休止。女子の舞台や年間の成績にも目を向ける。
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アーノルド・パーマーのマスターズ
アーノルド・パーマーがマスターズを合計284打で制した。
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ダウ・フィンスターワルドの全米プロ
ダウ・フィンスターワルドが全米プロを合計276打で制した。この年からマッチプレーを離れ、72ホールのストロークプレーへ変わった。
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女子の主要タイトルを追う
全米女子オープンはミッキー・ライト。全米女子プロはミッキー・ライト。タイトルホルダーズ選手権はビバリー・ハンソン。女子ウェスタン・オープンはパティ・バーグ。
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シーズンを通じた賞金の頂点
アーノルド・パーマーが米男子の年間首位、ビバリー・ハンソンが米女子の賞金首位。メジャー一大会の勝者と、シーズン全体で積み上げた成績を並べて振り返る。
日本のゴルフ
全国選手権、アマチュア、女子の競技。賞金制度が整う前の時代から日本の歩みをたどる。
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全日本女子ゴルフ選手権大会の勝者
ジョアンデモンが茨木CC東Cで優勝。記録されたスコアは269。全日本女子ゴルフ選手権大会として開催された時代。1959年からJGA主催の日本女子アマチュアとなる。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 1958七年間、1位か2位。
トムソンと若いウェールズ勢のデーブ・トーマスは278打で並び、ロックの記録を1打更新した。トムソンは1952〜1958年の七大会すべてで優勝か2位という、驚くほど安定した成績を残した。
さらに二ラウンド、戦う。
延長戦は36ホール。最初の18ホールはトムソン68、トーマス69で1打差だったが、午後に差が広がった。合計139対143で、トムソンが五年間で四つ目の全英タイトルを手にした。
全米プロも、合計打数の勝負へ。
ラナークの全米プロは、従来のマッチプレーから四日間72ホールのストロークプレーに変更。ダウ・フィンスターワルドが最終日67打を出し、276打で優勝した。キャスパーとの差は2打だった。
