国・地域未確認 · 男子・一般
アル・ワトラス
Al Watrous
日本語名は仮表記です。英語名を併記しています。
人物と歩み
オークランドヒルズのクラブプロを長く務めた米国の競技者。全英でジョーンズと争った後も、地域の試合やシニアの舞台で活躍を続けた。
1922年カナディアンオープンを制し、1926年全英ではボビー・ジョーンズと最終ラウンドを同組で回った。終盤に逆転を許して293打、2打差の2位となったが、1927年と1929年には最初期のライダーカップ米国代表にも選ばれた。海外での個人戦と代表戦の双方を経験した。
1930年にオークランドヒルズの4代目プロとなり、1967年の引退まで同クラブで働いた。クラブの公式史にはミシガン州のオープンやPGA選手権での勝利も残り、1950、1951、1957年には全米プロシニアを制した。トップ競技を離れて終わるのではなく、クラブでの仕事と年齢を重ねてからの競技を続けた人物である。
ゴルフ史でたどるキャリア
見えないグリーンへ175ヤード。ジョーンズ、初めての全英。
初めて全英を迎えたロイヤル・リザムで、ジョーンズはアル・ワトラスに2打遅れていた。終盤を4・3・4・4・4で回り、最後は291打。ワトラスの293打を逆転した。
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