ゴルフ史

1926年

見えないグリーンへ175ヤード。ジョーンズ、初めての全英。

マグレガー・デイトンを時代のアイコンに、世界・日本の選手権、女性たちの競技まで振り返る。アマチュアのボビー・ジョーンズが、17番の砂地から放った一打。ロイヤル・リザムでの初優勝に続き、同じ年の全米も勝った。

この時代のドライバー

マグレガー・デイトンの1915年頃の型を、この時代のドライバーのアイコンに選んだ。写真はLouisville Golf製の現代の復刻品で、当時の現物ではない。この年の新発売や使用率首位を意味しない。

マグレガー・デイトンの1915年頃の型を、この時代のドライバーのアイコンに選んだ。写真はLouisville Golf製の現代の復刻品で、当時の現物ではない。この年の新発売や使用率首位を意味しない。

この年の主役と、賞金の記録

SEASON LEADERS

米男子は記録がある1934年以降の年間賞金首位、それ以前は全米王者。女子と日本は当時の主要選手権を取り上げる。選手権の優勝を年間賞金王とは数えない。

  • 米男子 · 全国選手権

    1926年

    ボビー・ジョーンズ

    全米オープン優勝

    採用したPGA歴代年間賞金首位表は1934年から。この欄は賞金王を推測せず、この年の全米王者を掲載する。優勝者はアマチュア。

  • 米女子 · アマチュア選手権

    1926年

    ヘレン・ステットソン

    全米女子アマチュア優勝

    LPGA創設は1950年。この年は女子の全国選手権優勝者を掲載し、プロの年間賞金女王とは扱わない。

  • 日本男子 · 全国選手権

    1926年

    宮本留吉

    日本プロ選手権優勝

    日本の現行ツアー制は1973年開始。この欄は選手権の勝者で、年間賞金王ではない。

  • 日本女子 · 競技の背景

    1926年

    女子プロ賞金制度の成立前

    倶楽部から競技が育つ時代

    女子プロ部門の発足は1967年、歴代賞金女王表は1968年から。女性がプレーしていなかったという意味ではなく、後年の賞金ランキングをこの年へ遡らせない。

男子は後に四大メジャーとなる大会のうち、この年までに始まった大会だけを掲載。マスターズは1934年、全米プロは1916年からで、当時の全米プロはマッチプレー。女子は全米女子アマと、1930年以降の女子ウェスタン、1937年以降のタイトルホルダーズを並べる。全米女子アマはプロのメジャーに数えず、後のLPGA認定大会と区別する。

主要選手権の勝者を、一望する

MAJOR CHAMPIONS

1926年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

全国選手権の勝者、女性たちの競技、道具と時代の変化。

  1. 年間

    全米オープンはボビー・ジョーンズ

    アマチュアのボビー・ジョーンズが全米オープンを制した。72ホールの合計は293打。全国選手権の優勝と、シーズンを通した賞金成績は別の記録だ。

  2. 年間

    全英オープンはボビー・ジョーンズ

    アマチュアのボビー・ジョーンズが全英オープンを制した。72ホールの合計は291打。全国選手権の優勝と、シーズンを通した賞金成績は別の記録だ。

  3. 年間

    全米プロはウォルター・ヘーゲン

    ウォルター・ヘーゲンが全米プロを制した。決勝の結果は5 and 3。当時は相手とのホールごとの勝敗を積み重ねるマッチプレーで、後年の72ホール合計打数による優勝とは記録の読み方が違う。

  4. 年間

    全米アマチュアにも、もう一人の王者

    ジョージ・ボン・エルムが全米アマチュアを制した。オープンがプロとアマの双方へ門戸を開くのに対し、こちらはアマチュアの全国選手権。賞金を得るプロの大会だけでは、この時代の頂点を追いきれない。

  5. 年間

    全米女子アマはヘレン・ステットソン

    ヘレン・ステットソンが全米女子アマチュアを制した。LPGA創設前の女性たちの主要な競技舞台を示す結果で、後の女子プロメジャーや年間賞金女王とは区別して掲載する。

  6. 道具

    ヒッコリーの道具を、原型と復刻から知る

    マグレガー・デイトンは1915年頃の原型を持つ木製シャフト時代のドライバー。掲載写真は現代の復刻品で、当時の選手がこの個体を使ったという意味ではない。今の復刻品の素材仕様を、戦前の仕様へそのまま遡らせない。

日本のゴルフ

選手権の結果に、倶楽部や競技団体の歩みを重ねて読む。

  1. 年間

    日本アマチュアは赤星四郎

    程ヶ谷CCで赤星四郎が日本アマチュアを制した。合計161打で優勝した。プロの賞金王とは別に、日本のアマチュア競技の主役を記録する。

  2. 年間

    日本プロは宮本留吉

    茨木で宮本留吉が日本プロ選手権に優勝。東西のプロ6人が参加し、福井覚治とのプレーオフを制した。現在の日本プロの大会史はこの競技会から始まる。

  3. 年間

    女性の倶楽部同士も対抗戦へ

    5月21日、東京ゴルフ倶楽部で東京と関西の婦人ゴルフ倶楽部が対戦し、東京が7.5対1.5で勝った。女子の競技活動は、プロツアーや年間賞金制度より前から育っていた。

この年を、もう少し深く

STORIES OF 1926

残り5ホールで、まだ2打差。

初めて全英を迎えたロイヤル・リザムで、ジョーンズはアル・ワトラスに2打遅れていた。終盤を4・3・4・4・4で回り、最後は291打。ワトラスの293打を逆転した。

マッシー・ニブリックで、砂丘の向こうへ。

17番では砂地から、砂丘に隠れたグリーンを狙った。使ったのはアイアンの一種、マッシー・ニブリック。175ヤードの一打はワトラスより近くに止まり、相手は3パット。ジョーンズの一打が勝負を動かした。

英国と米国、日本の女性たちにも節目。

ジョーンズは数週間後に全米も勝ち、初めて同一年に両オープンを制した選手となった。日本では5月21日、東京と関西の婦人ゴルフ倶楽部の対抗戦が東京ゴルフ倶楽部で行われ、東京が7.5対1.5で勝った。