国・地域未確認 · 男子・一般
ホセ・フラード
Jose Jurado
日本語名は仮表記です。英語名を併記しています。
人物と歩み
キャディからプロへ進み、アルゼンチンのゴルフを海外へ広げた先駆者。1931年全英の準優勝に加え、プロ組織の設立や指導にも携わった。
1899年にビジャ・バジェステルで生まれ、14歳で現在のサン・アンドレス・ゴルフクラブのキャディとなった。クラブの用具の仕事を経て、17歳でロマス・アスレチック・クラブのプロへ進んだ。1931年の全英では最後まで優勝を争い、トミー・アーマーに1打差の2位。南米の選手が英国で頂点に迫る姿を示した。
アルゼンチンのプロ協会教材は、フラードが海外遠征を技術向上の道と考え、1932年の米国訪問でPGAの仕組みを学んだと伝える。同年11月には他のプロと組織づくりを話し合い、アルゼンチンのプロ協会設立に参加した。国際的な選手を招いた指導にも関わり、自分が海外へ出るだけでなく、国内に学ぶ機会を持ち帰った。
ゴルフ史でたどるキャリア
カーヌスティ初開催。71打で追いついたアーマー。
アルゼンチンのホセ・フラードには逆転の機会が残っていた。しかし17番でバリー・バーンという小川につかまり6打。最後のパットも決まらず297打となり、アーマーが1打差で初優勝を手にした。
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