ゴルフ百科事典

人種による入会制限が撤廃された後も、ゴルフの参加格差がすぐ消えなかったのはなぜ?

人種・階級・参加障壁

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まず答え

規則を撤廃しても、実際の利用・会員化・競技参加の壁がすぐ消えるとは限らないからです。USGAの歴史資料では、法的な人種隔離が後退した後も、黒人ゴルファーがティータイムを断られたり、公共施設のクラブ会員になれず、ハンディキャップを取得できないため大会へ出られない例が残っていました。

詳しい解説

人種による入会制限や明示的な排除規則がなくなっても、参加格差がすぐ解消されるとは限りません。制度上の「禁止」が消えることと、実際に予約できる、会員になれる、ハンディキャップを取得できる、競技へ出られる、という利用条件が同時にそろうことは別だからです。

USGAがWestern States Golf Associationの歴史を紹介した資料では、米国で1964年の公民権法成立後も、黒人ゴルファーに対して「空きティータイムがない」として実質的に利用を断ることが容易だったと記録されています。また、一般利用をうたう施設でもクラブ会員になることを拒まれる場合があり、その結果、当時の制度では公式なハンディキャップを維持できず、市・州・全国規模の大会へ参加しにくい状況が続きました。

同じUSGAの歴史資料では、黒人ゴルファーが地域クラブや団体を自ら組織し、まとまった人数で予約し、競技機会を確保した経緯も紹介されています。つまり、形式的な制限撤廃だけでは競技参加の基盤まで自動的には整わず、代替の組織や大会、利用施設を作る必要がありました。

別のUSGA資料でも、黒人ゴルファーが地域の男子協会へ加入できず、認定ハンディキャップを取得できないため、認可大会へ出場できなかった例が記録されています。ここでも問題は「ゴルフを打つ場所が一切ない」という単純なものではなく、会員制度と競技制度がつながっていたことで、利用の壁が大会参加の壁へ連鎖した点にあります。

その後、開催クラブの会員方針を含めた大会主催側の基準整備なども進みましたが、こうした変化は段階的でした。したがって、歴史を見るときは「差別的な規則がいつ撤廃されたか」だけでなく、その後に予約、会員資格、ハンディキャップ、競技参加が実際に開かれたかを分けて確認する必要があります。

結論として、参加格差が残った理由は、制度上の禁止をなくすことと、現場の利用慣行や会員制度、競技への入口を変えることに時間差があったためです。なお、ここで挙げた例は主に米国の歴史資料であり、国や時代によって障壁の形は異なります。