アラン・シェパード
月まで行って、ダフった男
月まで行っても、ゴルフがしたかった。許可と練習を重ねた船長が、月面でダフり、仲間に冷やかされ、飛距離を少し盛った話。
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約7分50秒 · 一人語り

アラン・シェパードと月面の運搬カート。1971年2月5日、アポロ14号。ゴルフを打っている場面ではありません。
写真:NASA / 出典 / NASA画像利用指針に基づく記事内利用
掲載用に縮小・WebP変換。写真の構図は変更していません。
1961年、アメリカ人として初めて宇宙へ飛んだアラン・シェパード。耳の病気による長い飛行任務離脱を経て、1971年にはアポロ14号の船長として月面に立った。その復帰の旅に、彼は6番アイアンのヘッドと二つのゴルフボールを用意していた。
1971年2月6日。月面での作業を終える頃、シェパードはテレビカメラの前で一本の道具を取り出した。月の石や土を採る道具の柄に、6番アイアンのヘッドが付いている。白いボールもある。
何十万キロも旅をして、ようやくたどり着いた月だった。そこで、この船長はゴルフを始めようとしていた。
ところが、宇宙服が硬く、いつものようには両手でクラブを握れない。片手で振ってみると、月の土が舞い上がった。地球を遠く離れても、ボールの手前を叩けば、やはりダフる。
月へ向かう前の六年
この一打を、月に着いた男の思いつきとして片づけてしまうと、少しもったいない。シェパードには、再び宇宙へ出るまでの長い時間があった。
最初の宇宙飛行は1961年。アメリカの宇宙飛行の先頭に立った男は、その後、耳の病気によって飛行任務から外れる。ほかの宇宙飛行士が新しいミッションへ向かう間、本人は地上にとどまった。
治療を経て飛行任務に戻れるようになったのは、1969年だった。地上にとどまった期間はおよそ六年。そして1971年、最初の宇宙飛行からほぼ十年を経て、アポロ14号で月へ向かう。
そんな復帰の旅に、ゴルフの準備までしていたのである。
ボブ・ホープのドライバー
計画のきっかけは、ゴルフ好きの人気コメディアン、ボブ・ホープだった。シェパード本人の回想によると、NASAを訪れたホープはドライバーを持ち、案内されながらクラブを振っていた。月面での動きを体験する装置でも、クラブでバランスを取っていたという。
その姿から、シェパードは月でボールを打つことを思いついた。宇宙開発の施設を見学するのにドライバーを持ってくる人と、それを見て月へクラブを持っていく方法を考える人。ゴルフ好きが二人そろうと、話がずいぶん遠くまで行く。
靴下に収まった月面ゴルフ計画
キャディバッグを丸ごと積むわけにはいかない。シェパードはヒューストンのゴルフのプロ、ジャック・ハーデンの協力を得て、試料採取道具の柄に取り付けられる6番アイアンのヘッドを用意した。もともと月へ持っていく道具を、シャフトとして使う仕組みだった。
ヘッドと二つのボールを収めたのは、靴下だった。人間を月へ運ぶロケットに、ゴルフの道具が入った靴下が乗っていた。
ただし、NASAに黙って持ち込んだという話ではない。シェパードは責任者のボブ・ギルルースに相談し、クラブとボールの費用を自分で負担すること、任務が順調に進んだ場合に限って月面滞在の最後に打つことを説明し、了承を得ていた。
仕事を放り出して遊び始めたのではない。仕事のあとに遊ぶため、地球にいるうちから相談していたのだ。
本人によれば、打ち上げ前には宇宙服を使う訓練室で、安全に振れるかどうかも試した。両手で握れないなら、片手で振る。遊びのための一打にも、ちゃんと準備があった。
月面から届いたスライスの報告
それでも、本番は簡単ではなかった。ならされていない月の地面に立ち、厚いグローブをはめ、改造した道具を片手で振る。きれいな砂を用意してくれるバンカーとは違う。
シェパードが振ると土が舞い、そばにいた同僚のエドガー・ミッチェルから、ボールより土をたくさん飛ばしたという趣旨の声が入る。打った球には、地球の管制室にいるフレッド・ヘイズから、スライスに見えたという指摘まで届いた。
月面にいるのは国を代表する宇宙飛行士で、地球にいるのは任務を支える管制官たちだ。それなのに、この場面だけは、いつものゴルフ仲間のやり取りに少し似ている。
やがて、もう一つのボールが視界の外へ飛んでいった。そこでシェパードが残したのが、あの景気のいい言葉だった。
「何マイルも、何マイルも、何マイルも」
五十年後にわかった40ヤード
月は地球より重力が小さく、空気の抵抗もない。遠くへ飛びそうな場所ではある。だが、あのショットは本当に何マイルも飛んだのだろうか。
2021年、画像の専門家アンディ・サンダースが、当時の写真や映像を分析した。足跡や地形などを照らし合わせ、ボールが止まった場所までの距離を推定したのである。USGAに発表された結果は、一つ目がおよそ24ヤード、二つ目がおよそ40ヤード。二つ目でも約37メートルだった。
これは画像からの推定であって、その場で巻尺を延ばした実測ではない。それでも、「何マイルも」という申告とは、ずいぶん違う距離である。
なんだ、大して飛んでいないじゃないか。そう言いたくなるが、分厚い宇宙服を着て、片手一本で打った球だ。普通の6番アイアンの飛距離として採点するのは、少し気の毒だろう。
むしろ愉快なのは、あれほど難しい宇宙船を操り、手順を守って月へ降り立った人が、自分のショットになると急に景気のいい申告をするところだ。月に行けるほど優秀でも、ナイスショットのあとには、少しくらい話を大きくしたくなるらしい。
地球へ持って帰ったもの
クラブを工夫し、人に協力してもらい、許可を取り、宇宙服で練習する。シェパードは、思いつきをそのまま実行した人ではなかった。遊びのために、そこまで準備した。それでも本番ではダフり、仲間に冷やかされ、最後には飛距離を少し盛った。
遠い世界の英雄だったはずなのに、急に、知っている誰かの顔が浮かんでくる。
月で使ったクラブは地球へ戻り、のちにシェパードからUSGAへ寄贈された。二つのボールは持ち帰らなかった。
クラブは地球へ。ボールは月へ置いたまま。そして、何マイルも飛んだという話だけは、しっかり地球へ持って帰ってきた。
アラン・シェパード。アメリカで最初に宇宙へ飛んだ男は、月まで行っても、やっぱりゴルフ好きだった。
もしあなたが月に行く機会があったらアランの残したロストボールを探してみてください。