- · 男子・一般
ウォルター・ヘーゲン
Walter Hagen
日本語名は仮表記です。英語名を併記しています。
人物と歩み
華やかな振る舞いで観客を集め、プロゴルファーの社会的な地位も押し上げた米国の王者。豪快なリカバリーと寄せ、パットを武器にした。
全米2勝、全米プロ5勝、全英4勝のメジャー11勝を、マスターズ創設以前に積み上げた。1928年にはコンプストンとの大敗を経て準備に集中し、全英を勝った。
1920年の全英でクラブハウスに入れず、駐車場の車で靴を履き替えた逸話も残る。競技での実力と人を引きつける力が、待遇の厳しかったプロの立場を変えていった。
生涯成績
PGA TOURプロフィール掲載通算44勝、男子メジャー11勝。1914〜1929年に3種類のメジャーで優勝。
- PGA TOURプロフィール掲載通算
- 44勝
- 男子メジャー通算
- 11勝
- PGA TOUR歴代表掲載通算
- 45勝
- メジャー優勝大会の種類
- 3大会
公式資料の確認日:
ツアー通算勝利には、そのツアーが認定するメジャー優勝を含みます。メジャー勝利を足し合わせた総勝利数ではありません。一般・シニア・アマチュアの実績は区別しています。 歴史上の選手は、遡及認定を含むツアー通算と公式プロフィール掲載のプロ通算を分けて表示します。
メジャー優勝の内訳
- 全米プロ選手権 · 5勝
- 1921年、1924年、1925年、1926年、1927年
- 全米オープン · 2勝
- 1914年、1919年
- 全英オープン · 4勝
- 1922年、1924年、1928年、1929年
公式プロフィール44勝と公式歴代表45勝の差異を残して併記しています。2つの数字を合算せず、メジャー11勝は大会別記録で確認しています。
ツアーでの歩みと最多勝シーズン
公式キャリアの年別優勝一覧には、1916年の1916 Western Open、1916 Shawnee Open、1916 Metropolitan Openから1936年の1936 Inverness Four-Ballまでの勝利が掲載されている。掲載された年別一覧で最多のシーズンは1923年の5勝。
メジャーでのキャリア
1914年の全米オープンで最初のメジャー優勝。その後も勝利を重ね、1929年の全英オープンまでに通算11勝を挙げた。
大会ごとの実績
最多優勝の大会は全米プロ選手権で5勝(1921・1924・1925・1926・1927年)。優勝したメジャーは3種類。同一年に複数のメジャーを制したのは1924年。
ツアー通算の集計範囲
確認した公式記録のPGA TOURプロフィール掲載通算は44勝。メジャーの勝利と重なるため、両方の数字を足して生涯総勝利とはしていない。別ツアーやシニアの成績とも区別している。
全米プロ選手権での連覇
1924〜1927年に全米プロ選手権で4年連続優勝。同じ大会での継続した実績も年別優勝記録で確認できる。
キャリア年表
ゴルフ史でたどるキャリア
ペブルビーチが開く。米国の選手権も戻ってくる。
2年の休止を経て全米オープンが再開。ウォルター・ヘーゲンとマイク・ブレイディが301打で並び、追加の18ホールへ進んだ。ヘーゲンが77打、ブレイディが78打で、ヘーゲンが優勝した。
1919年のゴルフ史を読む →ヘーゲンが全英初優勝。赤い木製ティーも広がり始める。
前年のハッチソンはスコットランド出身。この年のヘーゲンは、米国生まれの選手として初めて全英を勝った。76・73・79・72の300打で、ジム・バーンズとジョージ・ダンカンを1打抑えた。
USGAの回顧によると、歯科医ウィリアム・ローウェルの赤い木製ティー「Reddy Tee」は、ヘーゲンが宣伝契約を結び使用した1922年に普及が進んだ。特許承認は1925年で、使用と特許取得は別の年になる。
1922年のゴルフ史を読む →18番のバンカーから、そのまま入る。ヘイバースの全英。
アーサー・ヘイバースは最初の3ラウンドをすべて73打で回った。前年王者のヘーゲンは2打差の位置。初開催のトゥルーンで、英国のプロと米国の王者が優勝を争った。
ヘイバースは18番の第2打をバンカーへ入れたが、次の一打を直接沈めて76打、合計295打。後から来たヘーゲンも同じバンカーに入り、同じようには決められず、296打で終えた。
1923年のゴルフ史を読む →駒沢に7クラブが集まる。日本ゴルフ協会の始まり。
全英ではヘーゲンが最終18番で6フィートのパットを沈め、301打で2勝目。アーネスト・ウィットコムの302打を1打上回った。1922年の先にスコアを出して待つ勝ち方から、今回は追いかけて勝った。
1924年のゴルフ史を読む →浅見緑蔵が日本オープンを勝つ。ヘーゲンは全英3勝目。
全英前の72ホールのマッチで、ヘーゲンはアーチー・コンプストンに18&17の大差で敗れた。公式回顧は、その後に練習と準備へ集中したと伝える。前年王者のジョーンズは全英に出場しなかった。
全英の最終日、ヘーゲンは二つのラウンドをともに72打で回った。同じ位置から出たサラゼンは73打を二つ。ヘーゲン292打、サラゼン294打となり、1922年に続く同会場での優勝を決めた。
1928年のゴルフ史を読む →宮本留吉の298打、ヘーゲンの67打。二つのオープン。
全英は17年ぶりにミュアフィールドへ戻った。ハリー・コルトによる大幅なコース改造を経た舞台で、ヘーゲンは第2ラウンドに67打。全英で初めて記録された、18ホールの67打だった。
ヘーゲンは75・67・75・75の292打で、ジョニー・ファレルの298打を6打上回った。全英連覇、通算4勝目。前年の全米王者ファレル、全米プロ王者レオ・ディーゲルが、その後ろに続いた。
1929年のゴルフ史を読む →ホーガンの1番アイアン。13人が始めたLPGA。
トゥルーンの全英で、ロックは69、72、70、68の合計279打。ロベルト・デビセンゾを2打差でかわした。全英の連覇は1929年のウォルター・ヘーゲン以来で、ロックにとって二つ目のタイトルとなった。
1950年のゴルフ史を読む →
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プロフィール
- 国・地域
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- 生年月日
- 1892-12-21
- プロ転向
- 1912年
- 日本語名
- 仮表記