1942年に消えた名コースを81年後に再現 写真・測量・3Dモデルで蘇った「ザ・リド」が全米大会へ
GOLF DNA編集部🇺🇸

3行まとめ
- 1942年に消えたロングアイランドの名コース「ザ・リド」は、歴史資料と3Dモデルを手がかりにウィスコンシン州で再現され、2023年に開場した。
- 復元を支えたのは、ピーター・フローリーが3年かけて集めた写真・資料と、設計家トム・ドークらによる再構築だった。
- 2026年9月26日からは全米ミッドアマの主会場になる。
1942年、ニューヨーク州ロングアイランドにあった「ザ・リド」は姿を消した。
C・B・マクドナルドが設計し、1917年に開場した名コースだったが、第二次世界大戦中に米海軍の用途へ転用され、閉場した。現地に残ったコースを改修したわけではない。81年後の2023年、約1500km離れたウィスコンシン州で、同じ18ホールをもう一度「プレーできる設計」として戻す試みが完成した。
そして2026年9月26日、その再現版ザ・リドで全米ミッドアマチュア選手権が始まる。
記憶ではなく、資料からコースを組み直した
失われたコースを再現するとき、一番の問題は現物がないことだ。
新しいザ・リドで手がかりになったのは、昔の写真だけではなかった。全米ゴルフ協会によると、設計を担当したトム・ドークとブライアン・シュナイダーは、ゴルフ史家でソフトウェア設計者でもあるピーター・フローリーと協力し、歴史的な測量資料、工学記録、写真を使って復元を進めた。
フローリーは元のザ・リドを3年かけて調査し、集めた資料から3Dのデジタルモデルまで作っていた。その研究が、ドークらの設計作業へ渡された。
ここが、このコースの面白いところだ。
昔の名ホールの雰囲気を借りた「オマージュ」ではなく、残された記録をできるだけ集め、消えたルーティングや地形の考え方を逆算していった。ザ・リド公式は「忠実な再現」、全米ゴルフ協会は「精密な再現」と位置づけている。
もちろん、ニューヨークの土地そのものをウィスコンシンへ移したわけではない。土壌も気候も場所も違う。だから「完全に同一」と独立して証明されたわけではない。
それでも、設計図だけを保存するのではなく、歴史資料をもとに人がもう一度歩き、打ち、攻略できる形まで戻したことに意味がある。
2023年に開場、3年後には全米大会へ
再現版ザ・リドは、2023年5月15日にメンバー向けに開場し、同年6月28日からリゾート客のプレーも始まった。
その年の12月、全米ゴルフ協会はサンド・バレーで4つのアマチュア選手権を開催すると発表。ザ・リドは2026年の全米ミッドアマと、2029年の全米ジュニアアマの主会場に選ばれた。
そして、その最初の大会が目前に来た。
2026年の全米ミッドアマは9月26日から10月1日まで。出場264人に対して、エントリーは過去最多の6124人だった。大会設定のザ・リドは7219ヤード、パー71。最初の2日間のストロークプレー後、64人がマッチプレーへ進む。
失われた設計を再現したコースが、完成から3年で「昔を眺める場所」ではなく、現在のトップアマが勝敗を競う場所になった。
消えたコースは、もう資料の中だけに残すものではない
ゴルフ場の復元というと、古いバンカーを戻したり、木を切って昔の景観へ近づけたりする改修を想像しやすい。
ザ・リドは少し違う。
元のコースは1942年に閉じている。そこから写真、測量、工学記録を集め、デジタル上で形を起こし、別の土地に18ホールとして建て直した。
言ってしまえば、ゴルフコースの「考古学」に近い。
しかも完成したものは展示物ではない。2026年には264人が競う全米選手権の舞台になり、2029年には全米ジュニアアマも予定されている。
名コースを後世へ残す方法は、保存だけではない。
一度消えた設計でも、資料が十分に残り、それを読み解く人と造る人がいれば、もう一度「プレーされるコース」として歴史を続けられる。ザ・リドが面白いのは、81年前に終わったはずのコースへ、再びスコアカードが戻ってきたことだ。
出典:thelido.com / USGA(2)
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