二度の心臓移植から全米オープン2位へ
GOLF DNA編集部🌐

3行まとめ
- 12歳で最初の心臓移植を受け、リハビリでゴルフを始めたエリック・コンプトン。
- 2008年の二度目の移植から競技へ戻り、2014年全米オープンで2位タイに入るまでの道筋と、本人が大舞台の重圧をどう捉えていたかを公式記録から追う。
- そこから6年以内に全米ジュニアゴルフ協会のトップランク選手となり、ジョージア大学へ進学。
2014年6月、パインハースト・ナンバー2で行われた全米オープン。エリック・コンプトンは72、68、67、72の通算279、1アンダーで4日間を終え、リッキー・ファウラーと並ぶ2位タイに入った。優勝はマルティン・カイマーだった。
その結果だけを見れば、メジャーで突然つかんだ大舞台の好成績に見える。だがコンプトンの競技人生をたどると、そこへ至るまでには二度の心臓移植と、そのたびの競技復帰があった。
12歳の移植後、リハビリで始めたゴルフ
米国ゴルフ協会の人物記事によると、コンプトンは12歳で最初の心臓移植を受け、リハビリテーションの一環としてゴルフを始めた。
そこから6年以内に全米ジュニアゴルフ協会のトップランク選手となり、ジョージア大学へ進学。2001年にはウォーカーカップの米国代表に選ばれた。米国は15対9で敗れたが、コンプトンは後年、この大会を大観衆と重圧の中で感情や緊張を管理する経験だったと振り返っている。
ゴルフはリハビリとして始まった。しかし競技歴だけを見ても、ジュニア、大学、国際対抗戦へと段階を上がっていったことが分かる。
二度目の移植から約5か月で競技へ
転機は再び訪れた。公式資料では、コンプトンは2007年10月に心臓発作を起こし、2008年5月に二度目の心臓移植を受けている。
ジョージア大学の公式資料は、その約5か月後にプロ競技へ復帰したと記録する。米男子ツアーの公式記録でも、2008年末の大会で予選を通過したことが確認できる。
全米オープンには「最後の1枠」で入った
2014年全米オープンの2位タイは、本戦に出るまでの経路からしてぎりぎりだった。
コンプトンはコロンバスの36ホール予選に出場した。120人が16枠を争い、36ホール終了後は5人で残る3枠を争うプレーオフへ。2ホール目をパーとして最後の出場枠をつかんだ。その日は計38ホールをプレーしている。
そこから本戦では72、68、67と順位を上げ、最終日も72。通算1アンダーで2位タイまで進んだ。米国ゴルフ協会は、100戦を超える米男子ツアー出場の中で当時の自己最高成績だったと記している。
予選会の最後の枠から、メジャーの2位へ。2014年の一週間は、長い競技復帰の時間軸の中でも際立つ結果になった。
本人が変えたのは「重圧の置き方」だった
米国ゴルフ協会の取材で、年齢と人生経験を重ねるにつれて、ゴルフへ以前ほど過度な重圧をかけなくなったという趣旨を話している。そして2014年全米オープンでは、重圧のある状況で結果を出せたことへの感謝を語った。
これは「心臓移植を経験したからプレッシャーに強くなった」と単純化できる話ではない。本人が語っているのは、年齢や人生経験を重ねる中で、競技に置く重圧の大きさが変わったということだ。
2026年の現在地は断定しない
2026年9月9日時点でも、米男子ツアー公式にはコンプトンの選手プロフィールが残っている。
一方、今回の資料で確認できる最新の米男子ツアー出場は2025年4月17〜20日のコラレス・プンタカナ選手権だ。73、74の147、3オーバーで予選落ち。2026年の公式大会出場は確認できていない。
そのため、現在も継続参戦しているとも、すでに引退したとも断定しない。確認できる競技記録の最新地点は2025年である。
出典:USGA(2・3) / PGA TOUR(2・3・4) / georgiadogs.com
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