2051年の全米オープン会場がもう決まる
GOLF DNA編集部🇺🇸

3行まとめ
- 2051年の全米オープン会場まで、すでに予定が入っている。
- 背景にあるのが2020年に始まった「アンカーサイト」戦略だ。
- パインハースト、オークモント、ペブルビーチへ繰り返し戻る仕組みと、施設・研究まで結ぶ長期関係を追う。
2051年の全米オープンは、開催地がすでに決まっている。会場はオークランドヒルズ。2026年9月時点の公式な将来開催地一覧には、そこまで予定が入っている。
もっとも、2051年まで毎年すべて埋まっているわけではない。2043年と2048年は現時点で会場が公表されていない。それでも、四半世紀先に近い大会まで同じ名門コースを何度も組み込む現在の予定表は、全米オープンの会場選びが「次の開催地を一つずつ決める」形から変わったことをよく表している。
その転換の中心にあるのが、全米ゴルフ協会の「アンカーサイト」戦略だ。
最初のアンカーはパインハースト
全米ゴルフ協会が最初の全米オープン・アンカーサイトとしてパインハーストを発表したのは2020年9月9日だった。
公式に示した狙いは、歴史的で象徴的な会場で主要選手権を、これまでより高い頻度で開くこと。パインハーストには2024年に続き、2029年、2035年、2041年、2047年の全米オープンが組まれた。
翌2021年にはオークモントが2番目のアンカーサイトとなり、現在の予定では2033年、2042年、2049年に全米オープンが戻る。
2022年にはペブルビーチも加わった。予定は2027年、2032年、2037年、2044年。発表時には、おおむね5〜6年ごとに全米オープンを戻す考えまで示されていた。
一度開催して次へ移るのではなく、同じ会場を数十年の予定表へ繰り返し置く。これがアンカーサイトの一番分かりやすい特徴だ。
長期関係は大会の日程だけでは終わらない
アンカーサイトが面白いのは、単なる「会場の先取り」ではないことだ。
パインハーストでは、全米ゴルフ協会が土地を150年間借りる契約を結び、約2.4haの「ゴルフハウス・パインハースト」を整備した。そこには協会の業務機能だけでなく、研究・試験施設、来訪者向け施設、持続可能なコース管理を学ぶ場まで含まれる。
ペブルビーチとの長期関係も、全米オープンだけではない。全米女子オープン、全米シニアオープン、全米シニア女子オープンなどを含み、インターンや職業機会、芝や節水の研究も組み込まれている。
つまり、同じ名門へ何度も戻る意味は「慣れた会場だから楽」という話ではない。選手権の日程、施設、研究、人材や地域との取り組みを、同じ長期関係の中で組める形へ変えている。
長期契約なら全部「アンカー」ではない
ここは少しややこしい。
全米ゴルフ協会はオークモントを明確に2番目のアンカーサイトと呼んでいる。一方、同じ2021年の発表でメリオンは「長期的な戦略パートナー」という位置づけだった。
オークランドヒルズも2034年と2051年の全米オープンを含む長期開催契約を結んでいるが、2022年の公式発表ではアンカーサイトとは呼ばれていない。
したがって「何度も大会を開く名門=すべてアンカーサイト」ではない。現在、公式資料で明示的にアンカーサイトとして確認できるパインハースト、オークモント、ペブルビーチと、それ以外の長期開催契約は分けて見る必要がある。
2051年まで予定はあるが、固定し切ったわけではない
2026年9月9日に確認した全米オープンの将来開催地一覧では、2051年のオークランドヒルズまで予定が入っている。さらに2026年7月22日には、バルタスロールで2046年大会を開くことも発表された。
一方で、2043年と2048年はまだ会場が掲載されていない。将来の日程自体も変更され得る。
また、アンカーサイト化によって視聴率や収益、競技の質が上がったと示す因果データは、今回の一次資料にはない。開催地の多様性が実際にどれだけ狭まったかも、この材料だけでは数値化できない。
確認できる変化は、もっとはっきりしている。
全米ゴルフ協会は2020年以降、象徴的な会場を「一度使う場所」ではなく「何度も戻る長期拠点」として扱い始めた。全米オープンの開催地を決める作業は、単発の会場選定から、数十年先まで大会・施設・研究を束ねる会場ポートフォリオづくりへ変わっている。
2051年の会場が今から決まっているのは、その戦略がどれほど長い時間軸で動いているかを最も分かりやすく示す事実だ。
出典:USGA(2・3・4・5・6・7・8) / usopen.com
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