KBSを育てた台湾FST、商標対価は650万ドル 受託シャフト工場から米ナスダック上場まで
GOLF DNA編集部🇹🇼

3行まとめ
- 現在のFST Corp.の事業母体である台湾のFemcoは1976年創業、1992年にゴルフシャフトへ参入。
- 2007年のKBS立ち上げ、米男子ツアーでの展開、商標移管、直営フィッティング拠点の開設を経て、2025年に事業統合を通じてFST Corp.が米ナスダック上場企業となった。
- 受託生産を残したまま、自社ブランドと顧客接点を積み上げた約30年を追う。
KBSを展開する現在のFST Corp.はケイマン諸島籍の持株会社で、その事業母体は台湾のFemco Steel Technologyだ。
Femcoは1976年に台湾で設立され、ゴルフクラブ用シャフトの製造へ参入したのは1992年。そこから2007年のKBS、2008年の米国展開、商標の自社移管、直営フィッティング拠点、そして2025年の米ナスダック上場まで進んだ。
面白いのは、受託生産を捨ててブランド専業になったわけではないことだ。2026年現在もFSTは、KBSの自社ブランド販売と他社向けの受託設計・製造を並行している。
変わったのは「作る会社」をやめたことではない。製造の上に、ブランド、商標、ツアーでの認知、直営フィッティング、顧客データという接点を積み重ねていったことだった。
1992年、まずシャフトを「作る会社」になった
現在のFSTグループの事業母体であるFemcoは1976年に台湾で設立され、1992年からゴルフクラブ用シャフトの製造を始めた。
KBSブランドを使い始める2007年まで約15年ある。つまり、先にあったのは消費者向けブランドではなく、シャフトを製造する事業だった。
その後も受託生産は消えていない。2026年提出の米証券当局資料でも、FSTはKBSブランドの商品を販売する一方、他社向けの受託設計・製造も続けていると説明している。
FSTの変化を「工場をやめてブランド会社になった」と捉えると、現在の事業構造を見誤る。製造を土台にしたまま、自社で持つ領域を増やしてきた会社だ。
2007年にKBS開始、翌年は米男子ツアーから米国へ
転換点は2007年だった。FSTはキム・ブレイリー主導でKBSブランドを開始し、受託生産中心の事業から自社ブランド運営へ踏み出した。
2008年にはKBSを米男子ツアーを通じて米国市場へ導入した。FSTの公式沿革も、この年を米国展開の節目としている。
ここで「ツアー投入が売上を何%増やした」といった数字までは公開資料にない。だが、時系列としては、ブランド開始の翌年に米国の競技現場へ出し、その後KBSを独立したブランドとして広げていったことが確認できる。
ブレイリーは2026年時点でもFST Americaの設計部門を率り、シャフトの設計・開発を監督している。
一方、2007年の個別契約書や、開始時点の細かな権利条項までは公開された米証券当局資料で確認できない。ここで言えるのは、FSTとブレイリーの共同開発関係と、その後の商標権の移動までだ。
KBSの商標は、最初からFSTだけが持っていたわけではない
ブランド企業への変化を最も具体的に示すのが、商標の経路だ。
米証券当局への開示によると、2008年から2016年まで米国のKBS事業は、FST会長が支配する販売会社によって運営され、その会社がKBSの商標を保有していた。
2016年、登録済みのKBS商標はFSTへ移された。同時期にFSTは在庫や運転資本を約360万ドルで取得し、2017年には商標の対価として650万ドルを支払うことで合意している。
つまり、KBSという名前を使い始めた2007年と、商標そのものをFSTへ集約した時期は同じではない。
ブランドを持つとは、製品へロゴを付けることだけではない。誰が商標を保有し、誰が販売をコントロールするのか。FSTがKBSを自社事業として抱え込む過程では、その権利関係も数年かけて整理されていた。
受託生産をやめず、KBSをもう一本の柱にした
2026年のFSTは、KBSだけを作る会社ではない。
米証券当局への年次報告では、自社KBSブランドの販売と、他社ブランド向けの受託設計・製造を並行する事業構造が説明されている。
これは、受託生産から自社ブランドへ完全に乗り換えた形とは違う。既存の製造機能を残しながら、自分たちでブランドを持ち、商品を市場へ届ける経路を追加した。
そのため、FSTの約30年を「受託かブランドか」の二択で見るより、製造の上にブランド事業を重ねたと見る方が実態に近い。
2019年からは、消費者との接点も自社で持ち始めた
次に増えたのは、ゴルファーと直接つながる場所だった。
KBS Golf Experienceは2019年に米カールスバッド、2021年に東京、2024年に台北へ開設された。
ここでは新しいクラブの組み立てだけでなく、いま使っているヘッドを生かした組み直しやフィッティングも提供する。2026年の年次報告では、こうした顧客データを商品開発にも利用すると説明している。
製造会社にとって、これは販売拠点が3つ増えたというだけの話ではない。以前は取引先や流通を通じて届いていた最終ユーザーの反応を、自社のフィッティング現場から得られるようになった。
ただし、直営拠点が売上や利益をどれだけ押し上げたかという内訳までは公開資料で確認できない。確認できるのは、カールスバッド、東京、台北に自社側の顧客接点を置き、そこで得るデータを開発へつなげていることまでだ。
2025年の「上場」は、普通の新規株式公開ではなかった
2025年1月15日、FSTはChenghe Acquisition I Co.との事業統合を完了した。翌16日から、新しい持株会社FST Corp.の株式が米ナスダックで「KBSX」として取引を始めた。
ここは「FSTが通常の新規株式公開を行った」と書くと正確ではない。
取引ではFST Corp.が持株会社となり、FST Merger Ltd.がChengheへ合併。Chengheが存続会社となってFST Ltd.へ改称した。会計上はFSTを取得者とする、逆取得型の資本再編として扱われている。
つまり2025年の市場入りは、一般的な新規株式公開とは異なり、既存会社との事業統合を通じて実現した。
2026年7月の開示でも、KBSXはナスダック・グローバル・マーケットへの上場を継続している。
売上は伸びたが、「上場したから」とは言えない
数字だけを見ると、FSTは上場前後に成長している。
2023年の売上は約2873万ドル、2024年は約3650万ドル、2025年は約4797万ドル。2026年も第1四半期が1460万ドル、第2四半期が1255万ドルで、第2四半期は前年同期比9.7%増だった。
ただし、米証券当局への開示は、この増加をナスダック上場の効果とは説明していない。
2026年第1四半期の伸びは受託生産とKBSのグラファイト製品、第2四半期はアフターマーケット向けのスチール・グラファイト製品の増加が主因とされている。
「上場したから売上が伸びた」という成功物語にすると、会社自身の説明を越えてしまう。
工場の上に、権利と顧客接点を重ねた
FSTの約30年を一本の線で見ると、変化は「工場が有名ブランドを作った」だけではない。
1992年にシャフト製造へ入り、2007年にKBSを始め、翌年に米男子ツアーを通じて米国へ展開した。その後、KBS商標を自社へ移し、直営フィッティング拠点でゴルファーと直接つながり、2025年には事業統合を通じて上場企業になった。
しかも2026年も受託生産は残っている。
FSTが変えたのは、製造業を捨てることではなかった。作る機能の上に、自分たちで持つブランド権利と、顧客へ直接触れる接点を積み上げたことだった。
上場はその変化の出発点ではなく、長い積み重ねの後に現れた一つの節目だった。
出典:sec.gov(2・3・4) / fstcorp.com
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