全米オープンが予選を全廃した2020年 144人を「免除枠だけ」で組んだ理由
GOLF DNA編集部🇺🇸

3行まとめ
- 2020年の全米オープンは地方・最終予選をすべて中止し、144人全員を28の免除カテゴリーから選んだ。
- 入口を閉じた理由は数千人規模の予選を安全かつ現実的に運営できなかったこと。
- 156人から12人減らした理由は9月開催で初日の日照時間が2時間47分短くなったことだった。
全米オープンの「オープン」らしさを最も分かりやすく示すのが、地方予選と最終予選から本戦へ上がれる入口だ。2026年の米国ゴルフ協会(USGA)も、この二段階予選を持つ大会を「ゴルフで最も開かれた選手権」と位置づけている。
ところが2020年、その入口は丸ごと消えた。
USGAは5月18日、地方予選と最終予選をすべて中止すると発表した。理由は、新型コロナウイルスの影響下で、数千人規模の予選を安全かつ現実的に運営することが困難だったためだ。
本戦まで止めたわけではない。9月17〜20日にウイングドフット・ゴルフクラブで大会を開き、出場者は予選通過者ゼロ、144人全員を免除カテゴリーから選ぶ方式へ切り替えた。
144人に減った理由は「予選がなくなったから」ではない
通常の全米オープンは156人。2020年は144人だった。
この12人減には別の理由がある。大会が6月から9月へ延期されたことで、初日の日照時間は通常時より2時間47分短くなった。USGAは全選手を日没前に回し切るため、1番と10番から出る午前・午後の各組み合わせで3人組を1組ずつ減らした。合計4組、12人分を削った計算だ。
つまり2020年の144人は、「予選がないので人数も減らした」という単純な設計ではない。予選中止は感染拡大下の運営判断、156人から144人への縮小は9月開催の日照時間という、別々の制約から決まっていた。
予選通過者ゼロでも、144人をどう選んだのか
最終フィールドは144人、免除カテゴリーは28、アマチュアは13人だった。
通常の主要選手権やUSGA競技などによる免除枠を残しながら、2020年用の入口も追加・拡張した。
代表的なのが世界ランキングだ。2020年3月15日時点の対象を通常の上位60人から上位70人へ広げた。さらに米男子ツアーのフェデックスカップ上位5人、下部ツアーのレギュラーシーズン上位5人とファイナル上位5人、欧州ツアーの英国シリーズ上位10人、全米プロゴルフ協会のプロ上位3人、世界アマチュアランキングから追加7人などを組み込んだ。
2019年の日本ゴルフツアー、サンシャインツアー、アジアンツアー、豪州ツアーの各成績も免除設計に使われた。
予選という「誰が本戦へ滑り込むかを競う場」は消えたが、USGAは複数の競技実績やランキングから144人を組み直したわけだ。
「オープン」の入口を閉じたのは恒久変更ではなかった
USGAは2020年の方式について、通常とは異なるフィールド構成が必要になる「特異で前例のない状況」と説明した。
重要なのは、これを新しい全米オープンの標準にしなかったことだ。
二段階予選は2021年に再開した。USGAの2022年資料によれば、2021年には9,069件のエントリーを受理している。
そして2026年は、最終フィールドが通常の156人。地方予選は108会場で18ホール、最終予選は世界13会場で36ホールという二段階方式が動いている。2020年に閉じた入口は、その後きちんと開き直された。
2020年の異例さは「Openをやめた」ことではない
2020年に起きたことを一言でまとめるなら、全米オープンが大会そのものを中止する代わりに、象徴的な予選制度を一時停止してフィールドの作り方を変えた、ということになる。
数千人を動かす予選は止める。出場者は28の免除カテゴリーだけで選ぶ。さらに9月の日照時間に合わせ、通常156人の本戦を144人へ縮める。異なる制約を一つずつ処理して大会を成立させた。
翌年には二段階予選が戻り、2026年も地方108会場、最終13会場から本戦を目指せる。
なお、USGAが2020年を「特異で前例のない状況」と表現したことは確認できるが、今回の資料だけで「歴史上初」「歴史上唯一の予選なし全米オープン」とまでは断定しない。
2020年は、全米オープンから「Open」の思想が消えた年ではなく、その入口だけを非常時に一度閉じ、本戦を成立させるため別の選抜方式へ切り替えた年だった。
出典:USGA(2・3) / victory.usopen.com(2・3) / usopen.com(2)
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