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タイガーの ナイキボールを 支えた 日本の 技術者 6ダースを ドイツへ 運んだ 開発秘話
2000年5月、タイガー・ウッズからナイキの開発担当者へ、新しいボールをドイツで試したいという連絡が入った。日本で試作を進めていたブリヂストンの石井秀幸氏は、6ダースを持ってハンブルクへ飛んだ。ナイキの名で知られる白球には、両社の共同開発があった。
飛び方だけでなく、音も合わせる
米国男子(PGAツアー)が2025年に公開した回顧で、ナイキのケル・デブリンは開発の経緯を語っている。ウッズは試作球をウェッジの上で弾ませ、感触だけで候補から外すこともあったという。
パターで打つ音への好みも強かった。開発陣はオシロスコープを使って好みの音と試作球の音を比べ、性能を保ちながら素材で音を近づけようとした。
その調整を経て、シーズン中に正式なテストの希望が届いた。石井氏は日本から、デブリンは米国からドイツへ集まった。ウッズは新球の風の中での挙動を気に入り、翌週のメモリアルでも実戦に投入した。
表のブランドと、製造のつながり
製品はNike Tour Accuracy。ウッズはメモリアルを5打差で勝ち、続く全米オープンでは15打差の優勝を果たした。USGAの記録でも、2000年のペブルビーチでの15打差は男子メジャー最大の優勝差として残る。
これは、ボールを替えた分だけ15打の差が生まれたという証明ではない。それでも、試作と感覚の調整を重ねた球が、あのシーズンの実戦で使われたことは確かだ。
2025年1月のブリヂストン公式発表では、ウッズ自身も2000年シーズン以来、同社が製造したボールを使ってきたと説明している。表面のブランド名と、開発・製造を担う企業は必ずしも同じではない。6ダースを運んだ技術者の旅は、その関係が見える一場面だった。
3行まとめ
- タイガー・ウッズが2000年に使い始めたナイキのボールは、ブリヂストンとの共同開発から生まれた。
- 日本から技術者が6ダースの試作球を持ってドイツへ。
- 選手の要求は、風への強さだけでなくパターの音にまで及んだ。
出典:PGA TOUR / Bridgestone Golf / USGA
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