コラムコース・カルチャー
川奈の 150ヤードは 本当の 砲台跡 8番の 代わりにも 使われた 「大倉ホール」
ゴルフで「砲台グリーン」といえば、周囲より高く持ち上がったグリーンを思い浮かべる。ところが川奈には、比喩ではなく、幕末の砲台跡に築かれたグリーンがある。富士コースの通常の18ホールとは別に残る「大倉ホール」だ。
11番の奥にある、もう一つのパー3
GDOの公式企画案内によると、場所は富士コース11番グリーンの奥、川奈崎灯台の下。約150ヤードのパー3で、川奈ホテル創業者の大倉喜七郎の名を冠する。通常のラウンドに含まれるホールではない。
コース史研究家の吉川丈雄は、2026年2月の『みんなのゴルフダイジェスト』で、このホールのグリーン左側の斜面に砲台の石塁が残ると紹介した。江戸へ向かう外国船に備えた場所が、後にゴルフの一打を受け止める場所になったという対比が面白い。
ただし、砲台の正確な築造日や大砲の数、実戦で発砲したかまでは、今回の資料から分からない。そこを歴史の物語として補う必要はない。
隠しホールは、8番を補う役も担った
もう一つ興味深いのは、GDOの案内が伝える1957年の記録だ。大倉ホールは、この年に8番ホールの代替として使われたという。普段の18ホールの外にある場所が、コースの一部を補った時期もあった。
なぜ代替が必要だったのか、どれほどの期間使ったのかは示されていない。それでも、創業者の名を残すだけの施設ではなく、実際のラウンドに役割を持ったホールだったことが分かる。
「幻の19番」や、川奈の2コース計36ホールに加えた「37番」と紹介されることもあるが、通常のスコアカードの番号とは区別したい。普段使わない一つのパー3から、土地の用途とコースの使い方が変わってきた歴史をたどれる。
特別体験の案内があっても、自由に立ち入ったり、通常の1ホールとしてプレーしたりできる場所という意味ではない。現在の利用条件は施設の案内に従う必要がある。
3行まとめ
- 川奈ホテルGCの富士コースには、通常の18ホールとは別に、幕末の砲台跡に築かれた約150ヤードの「大倉ホール」がある。
- 11番グリーンの奥、川奈崎灯台の下にあるパー3で、創業者・大倉喜七郎の名を冠している。
- 1957年には8番ホールの代替として使われた記録もあり、単なる記念の一角ではなかった。
出典:reserve.golfdigest.co.jp / みんなのゴルフダイジェスト
関連記事
川奈の 13番から 14番グリーンへ 201ヤード ドラコンプロも 4球かかった 特別な 一打
3行まとめ
- ドラコンプロの鈴木真緒が、川奈の13番バックティーから隣の14番グリーンを狙う特別取材で、4球目にオンを成功させた。
- 距離は201ヤードでも、強い向かい風を考えて選んだのは3番ウッド。
- 本人は230ヤード相当と判断していた。
皇族が 始球式、 それでも 2年足らずで 消えた 18ホール 井上誠一の 久里浜
3行まとめ
- 井上誠一が設計した久里浜ゴルフ場は、皇族を迎えて仮開場したのに、2年足らずで姿を消した。
- 1935年12月の開場時、理事長は紀州徳川家当主。
- 6600ヤード、パー73の18ホールだった。
ゴルフ場は 消えても 「朝霞」は 残った 市名の きっかけに なった 18ホールの 移転
3行まとめ
- 埼玉県朝霞市の名は、東京ゴルフ倶楽部が当時の膝折村へ移転することになったのをきっかけに生まれた。
- 1932年に朝霞町が誕生。
- 名前は倶楽部の名誉会長だった朝香宮にちなむ。