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昼食中に ドラコンの 代打要請、 照屋佑唯智は いつもの 44インチで 312ヤード
昼食中だった照屋佑唯智(てるや・ゆういち)に、急なドラコン出場の依頼が届いた。右手痛で参加を取りやめた蟬川泰果の代役だ。照屋はいつものドライバーを手に、18番ホールへ急いだ。
2024年7月13日、北海道のザ・ノースカントリーゴルフクラブ。日本男子ツアーのセガサミーカップで行われたドライビングコンテストの話である。3球のうち最長の記録を競う勝負で、照屋は最初の1球を312ヤード飛ばした。これが優勝記録になった。
いつもの44インチ、変えたのはティーの高さ
使ったのは愛用のタイトリストTSR3。シャフトはデナリ70X、長さは44インチだった。ドラコンのために特別な長尺クラブを持ち込んだわけではない。
ただ、打ち方にはひと工夫を加えた。普段は半分ほど地面に刺すティーを、このときは5分の1ほどに。いつもより高く球を置き、試合中より飛ばす気持ちで臨んだという。長さやティー高だけを312ヤードの理由にすることはできないが、使い慣れた道具で勝負したことは確かだ。
急な代役とはいえ、当時の照屋はツアーの飛距離ランキング5位。ドラコンは初出場でも、飛ばす力はすでに持っていた。
ラフでは距離を測ってもらえない
照屋に続いた清水大成と池村寛世は、どちらも309ヤード。差は3ヤードだった。一方、本命と見られた幡地隆寛は296ヤードで5人中最下位に終わった。
幡地が打った3球のうち、1球目と3球目はラフへ。フェアウェイ内だけを計測する条件だったため、有効な記録は2球目の296ヤードしか残らなかった。ラフの2球が何ヤード飛んだかは分からない。照屋が助けられたと振り返ったのは、この計測条件だった。
照屋は312ヤードをフェアウェイに残し、50万円の優勝賞金を獲得した。日本ゴルフツアー機構の取材には、キャディーと半分ずつ分けるつもりだと答えている。突然の出場で得た賞金は、一人で受け取るつもりではなかった。
3行まとめ
- 照屋佑唯智は昼食中にドラコンの代役を頼まれ、普段使う44インチのドライバーで312ヤードを記録して優勝した。
- 2024年セガサミーカップの一幕。
- 3球勝負の最初の1球が、清水大成と池村寛世の309ヤードを上回った。
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