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全英王者のパターが学校のゴルフ大会の賞品に 閉校後も受け継がれた一本

全英オープンを5度制した選手のパターが、閉校した学校の同窓会に残っていた。しかも、年に一度のゴルフ大会の賞品として受け継がれていたという。

学校の同窓会を経て受け継がれた古いパターを象徴的に描いた概念イラスト。

その選手はJ.H.テイラー。1913年の全英オープンで最後の5勝目を挙げた。大会はロイヤル・リバプールで開かれ、テイラーは通算304、2位のテッド・レイに8打差をつけている。2023年の英国ゴルフ報道は、この優勝時に使ったと伝わるパターが、テイラーの古巣ロイヤル・ミッドサリーGCへ寄贈されたと紹介した。

なぜ学校にあったのか

テイラーの息子ジャックは、エセックス州のバックハースト・ヒル・カウンティ・ハイスクールで初代校長を務めた。現地報道によると、1982年にジャックがパターを同校の卒業生と元職員の団体へ贈り、同窓会は年次ゴルフ大会の賞品として使ってきた。実際に毎年、優勝者へ現物を渡していたかまでは報道から分からない。

学校は1989年に閉校した。それでも同窓会は活動を続け、パターを保管した。会員が減っていくことを見据え、恒久的に展示できる場所へ託すことになり、2023年にロイヤル・ミッドサリーGCへ寄贈したという。

全英王者が作ったパターという来歴

この一本にはもう一つ、興味深い来歴がある。製作者とされるウィリー・オクタロニー自身、1893年の全英オープン王者だ。大会前日にセントアンドリュースのプロ、アンドリュー・カーカルディがテイラーへ贈ったとも伝わる。ただし、製作や贈呈の当時の記録、パターの独立した鑑定結果までは確認できない。クラブと現地メディアが紹介する来歴として受け止めたい。

ロイヤル・ミッドサリーGCの公式沿革には、テイラーが1899年に同クラブのプロになり、コースの起伏づくりにも関わったことが記されている。クラブは2023年、寄贈されたパターを特別なケースに展示する計画を示した。現在の展示状況までは確認できないが、学校がなくなった後も守られてきた一本が、テイラーの名を残す場所へ渡ったのである。

3行まとめ
  • J.H.テイラーが1913年の全英オープン5勝目で使ったと伝わるパターは、息子が校長を務めた学校の同窓会へ渡り、年次ゴルフ大会の賞品になっていた。
  • 学校が閉校しても同窓会はパターを保管し、2023年にテイラーの古巣ロイヤル・ミッドサリーGCへ寄贈した。
  • 製作者も1893年の全英王者だったという。

GOLF DNA編集部🇬🇧

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出典:golfnews.co.uk / Golf Monthly / The Open(2) / rmsgc.co.uk

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