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五輪の 初代女子王者、 本人は 知らなかった 1900年パリの ゴルフ
1900年のパリで、米国のマーガレット・アボットは女子ゴルフの9ホールを47で回って優勝した。現在は五輪ゴルフの最初の女子王者として記録される。しかし本人は、その勝利が五輪競技のものだと知らずに1955年に亡くなった。
親子が出た「パリの女子選手権」
国際ゴルフ連盟(IGF)によると、1900年の競技はパリ万国博覧会の行事に埋もれていた。アボットと母メアリーは、出場したのを「パリの女子選手権」だと考えていたという。母も65で7位に入った。
優勝したアボットが受け取ったのは金メダルではなく、金の装飾が施されたザクセン製陶器の器だった。IGFは当時の大会ではメダルが授与されなかったと説明する。現在の五輪と異なる競技の姿が、本人の認識にもつながっている。
五輪優勝と分かったのは死後
IGFが紹介する経緯では、歴史研究者ポーラ・ウェルチが後年、当時の新聞などを調べてアボットの優勝を突き止め、息子へ知らせた。その時、本人はすでに亡くなっていた。
アボットが知っていたのはパリの大会で勝ったことまで。その大会が五輪史に残る女子ゴルフ競技だったと明らかになったのは、本人の死後だった。
出典:国際ゴルフ連盟(IGF)「Olympic Games History」「Olympic Rewind: Unlocking the medal mystery for first women's competition」
3行まとめ
- マーガレット・アボットは1900年のパリで女子9ホールを47で回り、現在は五輪王者として記録される。
- 本人は「パリの女子選手権」だと思い、五輪で優勝したと知らずに1955年に亡くなった。
- 同じ競技に母親も出場し、優勝賞品はメダルではなく陶器の器だった。
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出典:igfgolf.org(2)
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