- · 男子・一般
ジョック・ハッチソン
Jock Hutchison
日本語名は仮表記です。英語名を併記しています。
人物と歩み
セントアンドリュースから米国へ移り、全米プロと全英の両方を制した選手。故郷へ戻った1921年の全英で、特別な勝利を挙げた。
最終ラウンド70打でアマチュアのロジャー・ウェザレッドに並び、36ホールの延長戦を150対159で制した。前年には全米プロでも優勝していた。
使用した溝付きアイアンは、その年7月からの禁止を前に議論を呼んだ。優勝は規則の施行前の6月であり、違反による勝利と混同してはならない。後年はマスターズの名誉スターターも務めた。
生涯成績
PGA TOUR通算14勝、男子メジャー2勝。1920〜1921年に2種類のメジャーで優勝。
- PGA TOUR通算
- 14勝
- 男子メジャー通算
- 2勝
- メジャー優勝大会の種類
- 2大会
公式資料の確認日:
ツアー通算勝利には、そのツアーが認定するメジャー優勝を含みます。メジャー勝利を足し合わせた総勝利数ではありません。一般・シニア・アマチュアの実績は区別しています。 歴史上の選手は、遡及認定を含むツアー通算と公式プロフィール掲載のプロ通算を分けて表示します。
メジャー優勝の内訳
- 全米プロ選手権 · 1勝
- 1920年
- 全英オープン · 1勝
- 1921年
ツアーでの歩みと最多勝シーズン
公式キャリアの年別優勝一覧には、1918年の1918 Florida West Coast Openから1928年の1928 Florida West Coast Openまでの勝利が掲載されている。掲載された年別一覧で最多のシーズンは1920年の4勝。
メジャーでのキャリア
1920年の全米プロ選手権で最初のメジャー優勝。その後も勝利を重ね、1921年の全英オープンまでに通算2勝を挙げた。
大会ごとの実績
最多優勝の大会は全米プロ選手権で1勝(1920年)。優勝したメジャーは2種類。
ツアー通算の集計範囲
確認した公式記録のPGA TOUR通算は14勝。メジャーの勝利と重なるため、両方の数字を足して生涯総勝利とはしていない。別ツアーやシニアの成績とも区別している。
キャリア年表
ゴルフ史でたどるキャリア
全米プロが始まる。日本アマにも、日本人の初出場。
決勝はジム・バーンズとジョック・ハッチソン。36ホール目を迎えて同点だった。最後は二人が短いパットを残し、先に打ったハッチソンが外す。バーンズが決め、1ホール差で最初の王者になった。
1916年のゴルフ史を読む →故郷で勝った、米国籍のハッチソン。ジャグが海を渡る。
ジョック・ハッチソンは第一次世界大戦前に米国へ移った、セントアンドリュース出身のプロ。最終ラウンドを70打で回り、英国のアマチュア、ロジャー・ウェザレッドと296打で並んだ。
1921年のゴルフ史を読む →
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