1921年
故郷で勝った、米国籍のハッチソン。ジャグが海を渡る。
マグレガー・デイトンを時代のアイコンに、世界・日本の選手権、女性たちの競技まで振り返る。セントアンドリュースで育ったジョック・ハッチソンが、米国籍の選手として初めて全英を制した。296打で並んだ勝負は、翌日の36ホールへ。
この時代のドライバー

マグレガー・デイトンの1915年頃の型を、この時代のドライバーのアイコンに選んだ。写真はLouisville Golf製の現代の復刻品で、当時の現物ではない。この年の新発売や使用率首位を意味しない。
この年の主役と、賞金の記録
SEASON LEADERS米男子は記録がある1934年以降の年間賞金首位、それ以前は全米王者。女子と日本は当時の主要選手権を取り上げる。選手権の優勝を年間賞金王とは数えない。
米男子 · 全国選手権
1921年
全米オープン優勝
採用したPGA歴代年間賞金首位表は1934年から。この欄は賞金王を推測せず、この年の全米王者を掲載する。
米女子 · アマチュア選手権
1921年
全米女子アマチュア優勝
LPGA創設は1950年。この年は女子の全国選手権優勝者を掲載し、プロの年間賞金女王とは扱わない。
日本男子 · 全国選手権
1921年
日本アマチュア優勝
日本の現行ツアー制は1973年開始。この欄は選手権の勝者で、年間賞金王ではない。
日本女子 · 競技の背景
1921年
女子プロ賞金制度の成立前
倶楽部から競技が育つ時代
女子プロ部門の発足は1967年、歴代賞金女王表は1968年から。女性がプレーしていなかったという意味ではなく、後年の賞金ランキングをこの年へ遡らせない。
主要選手権の勝者を、一望する
MAJOR CHAMPIONS男子・後の四大大会の系譜
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1921年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
全国選手権の勝者、女性たちの競技、道具と時代の変化。
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全英オープンはジョック・ハッチソン
ジョック・ハッチソンが全英オープンを制した。72ホールの合計は296打。同スコアで並んだ後、プレーオフを勝ち切った。
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全米プロはウォルター・ヘーゲン
ウォルター・ヘーゲンが全米プロを制した。決勝の結果は3 and 2。当時は相手とのホールごとの勝敗を積み重ねるマッチプレーで、後年の72ホール合計打数による優勝とは記録の読み方が違う。
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全米アマチュアにも、もう一人の王者
ジェシー・P・ギルフォードが全米アマチュアを制した。オープンがプロとアマの双方へ門戸を開くのに対し、こちらはアマチュアの全国選手権。賞金を得るプロの大会だけでは、この時代の頂点を追いきれない。
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- 道具
ヒッコリーの道具を、原型と復刻から知る
マグレガー・デイトンは1915年頃の原型を持つ木製シャフト時代のドライバー。掲載写真は現代の復刻品で、当時の選手がこの個体を使ったという意味ではない。今の復刻品の素材仕様を、戦前の仕様へそのまま遡らせない。
日本のゴルフ
選手権の結果に、倶楽部や競技団体の歩みを重ねて読む。
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この年を、もう少し深く
STORIES OF 1921生まれ育った町へ、米国から戻る。
ジョック・ハッチソンは第一次世界大戦前に米国へ移った、セントアンドリュース出身のプロ。最終ラウンドを70打で回り、英国のアマチュア、ロジャー・ウェザレッドと296打で並んだ。
延長戦は、さらに36ホール。
翌日のプレーオフでハッチソンは74・76の150打、ウェザレッドは77・82の159打。米国籍選手として初めて、クラレット・ジャグを手にした。1907年のマッシーに続く、英国以外の選手の優勝だった。
アイアンのフェースも、議論の的に。
ハッチソンは強いバックスピンを生むリブ付きアイアンを使った。R&Aは規制を決めていたが、施行は7月1日で、優勝は6月25日。この大会では使えた道具も、直後に扱いが変わる時代だった。