国・地域未確認 · 男子・一般
アンドリュー・カーカルディ
Andrew Kirkaldy
日本語名は仮表記です。英語名を併記しています。
人物と歩み
弟ヒューとともにセントアンドリュースのゴルフを担ったプロ。全英は3度2位、3度3位という結果を残し、優勝者の陰にも厚い実力者の層があったことを示す。
1879年に2位となり、1889年はマッセルバラでウィリー・パーク・ジュニアと155打で並んだ。翌日の36ホールの延長戦では5打差で敗れ、1891年には弟ヒューに次ぐ2位となった。
後にはR&Aの名誉プロを務めた。全英の勝利だけで評価し切れない、競技とクラブの歴史の両面に足跡を持つ人物である。
ゴルフ史でたどるキャリア
三つの会場を制した、アンダーソンの3連覇。
セントアンドリュースの36ホールを、ジェイミー・アンダーソンは84・85で回った。合計169打。アンドリュー・カーカルディとジェイミー・アランが172打で並び、アンダーソンは3打差で勝った。
1879年のゴルフ史を読む →本戦36ホール、延長36ホール。マッセルバラ最後の全英。
パーク・ジュニアは残り3ホールで2打差を追っていた。最後に勝てるパットはカップの縁で止まったが、155打でアンドリュー・カーカルディに並んだ。マッセルバラの全英では最少の36ホール合計だった。
1889年のゴルフ史を読む →
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J.H.テイラーが1913年の全英オープン5勝目で使ったと伝わるパターは、息子が校長を務めた学校の同窓会へ渡り、年次ゴルフ大会の賞品になっていた。 学校が閉校しても同窓会はパターを保管し、2023年にテイラーの古巣ロイヤル・ミッドサリーGCへ寄贈した。 製作者も1893年の全英王者だったという。一本の道具に、勝利と学校の記憶が重なっている。
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