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国・地域未確認 · 男子・一般

ロベルト・デビセンゾ

Roberto De Vicenzo

日本語名は仮表記です。英語名を併記しています。

人物と歩み

ブエノスアイレスでキャディーや池の球拾いからゴルフに入った、アルゼンチンの名手。確かなショットで世界各地の大会を争った。

全英で何度も上位に入り、1967年に44歳で初優勝。終盤の16番では3番ウッドで境界の角を越えてグリーンを捉え、ニクラウスを退けた。

翌年のマスターズでは実際より多い数字のスコアカードに署名し、首位タイを逃した。栄光と痛ましい失敗の両方が、競技の歴史に残る。

母国だけにとどまらず、欧州、北米、南米で数多くの大会を勝った。1968年マスターズの誤記でも他人を責めず結果を受け入れた態度が、競技上の功績とともに語り継がれている。

ゴルフ史でたどるキャリア

  1. ホーガンの1番アイアン。13人が始めたLPGA。

    トゥルーンの全英で、ロックは69、72、70、68の合計279打。ロベルト・デビセンゾを2打差でかわした。全英の連覇は1929年の以来で、ロックにとって二つ目のタイトルとなった。

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  2. 72ホールの全英で、初めての三連覇。

    3位はアルゼンチンのロベルト・デビセンゾ。初出場だった南アフリカのプレーヤーが4位に入った。オーストラリア勢の三連覇を、多彩な国の選手が追いかける全英だった。

    1956年のゴルフ史を読む →
  3. 日本の女子プロが、組織として歩み始める。

    ホイレイクの全英では、デビセンゾが278打で優勝した。過去十回の出場には2位一回、3位五回があったが、優勝は初めて。44歳で、に次ぐ高齢の全英王者となった。

    最終ラウンドの当時16番で、デビセンゾはコース内のOBを越える線へ3番ウッドを放ち、グリーンをとらえた。ここでバーディを取り、ニクラウスを2打差で退ける。大胆な一打も優勝を支えた。

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1968年マスターズでロベルト・デビセンゾは最終17番をバーディーの3で上がったが、4と記されたカードに署名した。 公式スコアは最終日66、通算278。の277に1打届かず、2位となった。 ゴールビーも最終日66。13、14番の連続バーディーと15番のイーグルで優勝争いを押し上げていた。

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