ゴルフ史

1956年

72ホールの全英で、初めての三連覇。

ゴールドメダルを時代のアイコンに、世界と日本の賞金・主要大会・ゴルフの歩みを振り返る。ホイレイクで、ピーター・トムソンが三年続けてジャグを手にした。全英が72ホールになってから初めての三連覇。初出場のゲーリー・プレーヤーも、4位で姿を現した。

この時代のドライバー

1954年登場、MIZUNO ゴールドメダルのドライバー実物写真。1956年の時代を振り返るアイコン。

1954年登場のゴールドメダル。黒いヘッドと赤いマークが印象的な、木製ドライバーの一本。この年の新発売ではなく、登場年を明記した継続モデルとして掲載する。

賞金王と、この年の競技の歩み

SEASON LEADERS

世界と日本の賞金首位。ツアー制度の成立前、戦時の未集計、参考記録は区別して読む。

  • 米男子 · PGAの記録

    1956年

    テッド・クロール

    $72,835.83

    年間賞金首位(歴代記録)

    公式記録集に掲載された年間の賞金首位。現在のボーナスや後年のシーズン区分とは合算しない。

  • 米女子 · LPGA

    1956年

    マーリーン・ハギー

    $20,235

    年間賞金ランキング 1位

    米女子ツアーの年間賞金首位。大会優勝やアマチュアのメジャー優勝とは分けて振り返る。

  • 日本男子 · ツアー制以前

    1956年

    現行ランキングの成立前

    公式ツアー賞金王の対象外

    現行のツアー制度は1973年開始。この年の日本は、全国選手権やアマチュア競技、競技再開の歩みで振り返る。

  • 日本女子 · 国内ツアー

    1956年

    ツアー賞金記録の成立前

    歴代賞金女王表は1968年から

    日本プロゴルフ協会の女子部が1967年に発足。1968年からの歴代賞金女王表を、この年へ遡らせない。

男子メジャーは4大会の開催・休止を表示。全米プロは1957年までマッチプレー、1958年からストロークプレー。女子は当時の主要選手権を並べ、後年の4大会・5大会制を遡らせない。

メジャーの勝者を、一望する

MAJOR CHAMPIONS

1956年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

開催されたメジャーと、その休止。女子の舞台や年間の成績にも目を向ける。

  1. 年間

    ジャック・バーク・ジュニアのマスターズ

    ジャック・バーク・ジュニアがマスターズを合計289打で制した。

  2. 年間

    ケーリー・ミドルコフの全米オープン

    ケーリー・ミドルコフが全米オープンを合計281打で制した。

  3. 年間

    ピーター・トムソンの全英オープン

    ピーター・トムソンが全英オープンを合計286打で制した。

  4. 年間

    ジャック・バーク・ジュニアの全米プロ

    ジャック・バーク・ジュニアが全米プロに優勝。決勝は3 and 2で決着した。当時はマッチプレーで、72ホールの合計打数で争う方式ではなかった。

  5. 年間
  6. 年間

    シーズンを通じた賞金の頂点

    テッド・クロールが米男子の年間首位、マーリーン・ハギーが米女子の賞金首位。メジャー一大会の勝者と、シーズン全体で積み上げた成績を並べて振り返る。

日本のゴルフ

全国選手権、アマチュア、女子の競技。賞金制度が整う前の時代から日本の歩みをたどる。

  1. 年間

    中村寅吉の日本オープン

    中村寅吉が日本オープンに優勝。合計285打で全国タイトルを獲得した。

  2. 年間

    林由郎、日本プロを制す

    林由郎が名古屋和合で行われた日本プロ選手権に優勝。国内の賞金争いとは別に、全国のプロが競う選手権の勝者として名前が残る。

  3. 年間

    日本アマチュアはH.チャック

    H.チャックが鳴尾GCの日本アマチュアを制した。決勝は2 and 1。当時のマッチプレーでの勝利だった。

  4. 年間

    全日本女子ゴルフ選手権大会の勝者

    横河初子が霞ヶ関CC西Cで優勝。記録されたスコアは257。全日本女子ゴルフ選手権大会として開催された時代。1959年からJGA主催の日本女子アマチュアとなる。

この年を、もう少し深く

STORIES OF 1956

1882年以来の、三大会連続。

全英の三連覇は、1880〜1882年のボブ・ファーガソン以来。1892年に72ホールへ変わってからはトムソンが初めてだった。1954年、1955年、1956年と、別々のコースで勝ち続けた。

1打差、2打差、そして3打差。

この年は70、70、72、74の合計286打。ベルギーのフローリー・バンドンクを3打差でかわした。トムソンの三年間の優勝差は1打、2打、3打と、一つずつ広がっている。

次の王者も、同じ大会にいた。

3位はアルゼンチンのロベルト・デビセンゾ。初出場だった南アフリカのプレーヤーが4位に入った。オーストラリア勢の三連覇を、多彩な国の選手が追いかける全英だった。