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国・地域未確認 · 男子・一般

オールド・トム・モリス

Old Tom Morris

日本語名は仮表記です。英語名を併記しています。

人物と歩み

選手、グリーンキーパー、クラブ職人、コース設計者という複数の仕事からゴルフを育てた人物。セントアンドリュースで育ち、のもとで働いた。

1851年にプレストウィックへ移り、全英誕生の舞台を整えた。全英は4勝。1862年には13打差で勝ち、1867年には46歳で優勝した。豪打のライバル、に対して、安定したリズムでプレーするタイプだった。

1864年にセントアンドリュースへ戻り、オールドコースの管理を担った。ニューコースなどの造成にも関わり、プレーする場そのものを後世へ残した。息子も全英王者となった。

生涯成績

PGA TOUR認定通算4勝。男子メジャー4勝。1861〜1867年に1種類のメジャーで優勝。

PGA TOUR認定通算
4勝
男子メジャー通算
4勝
メジャー優勝大会の種類
1大会

公式資料の確認日:

ツアー通算勝利には、そのツアーが認定するメジャー優勝を含みます。メジャー勝利を足し合わせた総勝利数ではありません。一般・シニア・アマチュアの実績は区別しています。 歴史上の選手は、遡及認定を含むツアー通算と公式プロフィール掲載のプロ通算を分けて表示します。

メジャー優勝の内訳

全英オープン · 4勝
1861年、1862年、1864年、1867年

PGA TOUR認定通算は2026年公式メディアガイドの歴代一覧に基づきます。ツアー創設前やアマチュア時代の認定勝利を含むため、当時の所属ツアーやプロとしての勝利数を示すものではありません。メジャー通算とは重複するため合算しません。

メジャーでのキャリア

1861年の全英オープンで最初のメジャー優勝。その後も勝利を重ね、1867年の全英オープンまでに通算4勝を挙げた。

大会ごとの実績

最多優勝の大会は全英オープンで4勝(1861・1862・1864・1867年)。優勝したメジャーは1種類。

公式記録に残る通算勝利

PGA TOURの公式歴代勝利一覧では通算4勝と認定されている。歴史上の大会を遡って認定した記録を含み、世界各地の全大会を合計した生涯総勝利数ではない。

キャリア年表

  1. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1861年のゴルフ史を読む →
  2. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1862年のゴルフ史を読む →
  3. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1864年のゴルフ史を読む →
  4. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1867年のゴルフ史を読む →

ゴルフ史でたどるキャリア

  1. プレストウィックGCが発足。オールド・トム・モリスが12ホールのコースを造る。

    プレストウィックGCが発足。オールド・トム・モリスが12ホールのコースを造る。

    1851年のゴルフ史を読む →
  2. 全英オープンは、8人の大会から始まった。

    本命視されたのは、このコースを管理していたトム・モリス。のちにオールド・トムと呼ばれる人物だ。だが初代王者になったのは、マッセルバラから来たウィリー・パークだった。

    1860年のゴルフ史を読む →
  3. アマチュアも参加。オールド・トムが勝つ。

    最後の周回で、オールド・トム・モリスのティーショットは水際の長い草へ。ペナルティーを受けて球を動かすと予想する人もいたが、彼は難しい位置から打つことを選び、成功させた。

    1861年のゴルフ史を読む →
  4. 13打差。オールド・トムの圧勝。

    オールド・トム・モリスは最初の周回を52打で回った。ウィリー・パークは59打。わずか12ホールで7打の差がつき、モリスはその後も先頭を譲らなかった。

    1862年のゴルフ史を読む →
  5. 初めての賞金と、パークの雪辱。

    最初の12ホールを55打で回ったのは、ウィリー・パークの弟。兄とオールド・トム・モリスに1打差をつけた。だが2周目で後退し、優勝争いは再びおなじみの二人へ移った。

    1863年のゴルフ史を読む →
  6. 優勝賞金は6ポンド。モリス、3度目の王者へ。

    12ホールを3周して167打。オールド・トム・モリスは、の169打を2打上回った。前年王者ウィリー・パークは2周目に67打を要し、優勝争いから離れた。

    1864年のゴルフ史を読む →
  7. スコアカードが登場。王者の名前も変わる。

    オールド・トムの息子ヤング・トム・モリスは、14歳147日で全英初出場。60打、57打で回った後、最後の周回を棄権した。17歳で初優勝するのは、この3年後のことだった。

    1865年のゴルフ史を読む →
  8. 兄が優勝、弟が2位。パーク兄弟の全英。

    ウィリーの全英優勝は1860年、1863年に続く3度目。オールド・トム・モリスの優勝回数に並んだ。第1回から続く二人の競り合いは、翌年も決着の場面に顔を出す。

    1866年のゴルフ史を読む →
  9. 46歳の王者。借りた木製クラブで風を抜く。

    この年がオールド・トムの全英最後の優勝となった。同じ大会で息子ヤング・トムは父に5打差の4位。翌年、今度は息子が優勝し、父が2位になる。

    1867年のゴルフ史を読む →
  10. 17歳のヤング・トム。父を破って初優勝。

    14歳で初めて全英に出たヤング・トム・モリス。この年は4度目の出場だった。12ホールを51・54・49、合計154打で回り、父オールド・トムの157打を3打上回った。

    前年、46歳の父が全英4勝目。この年は17歳156日の息子が初優勝した。父子がそろって上位を占めながら、勝者の名前はオールド・トムからヤング・トムへ変わった。

    1868年のゴルフ史を読む →
  11. 9年ぶりのマーティン。アマチュアの大会も始まる。

    マーティンはセントアンドリュースのキャディーで、オールド・トムのクラブ製作の仕事にも携わっていた。1876年の初優勝から9年。同じ会場で、今度は1打差の勝負を勝ち切った。

    1885年のゴルフ史を読む →
  12. 11打差からの逆転。バードンと、オールド・トム最後の全英。

    オールド・トム・モリスは、75歳の誕生日を目前に34度目の全英へ出場した。これが最後の出場となり、競技途中で棄権。1860年の最初の大会から続く歩みが、新しい王者の初優勝と重なった。

    1896年のゴルフ史を読む →
  13. 83歳のオールド・トムが見送る、ブレイドの2勝目。

    83歳のオールド・トム・モリスが公式スターターを務めた。コース管理の仕事は退いていたが、大会の現場には立っていた。1860年の第1回に出た人が、45年後の選手たちを送り出した。

    1905年のゴルフ史を読む →
  14. 日本の女子プロが、組織として歩み始める。

    ホイレイクの全英では、デビセンゾが278打で優勝した。過去十回の出場には2位一回、3位五回があったが、優勝は初めて。44歳で、オールド・トム・モリスに次ぐ高齢の全英王者となった。

    1967年のゴルフ史を読む →

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