ゴルフ史

1871年

全英が開かれなかった、一年。

前年、ヤング・トム・モリスがチャレンジ・ベルトを永久所有。新しい賞品や他クラブの参加を巡る合意に至らず、全英オープンは開催されなかった。 この年の全英に、優勝者はいない。ベルトがヤング・トムのものになった後、大会の運営と新しい賞品を巡る協議が続いていた。

この時代のプレークラブ

1850年頃のD.マキューアンのプレークラブ。木製ヘッドと長いシャフトを備える館蔵品を、この時代のドライバーの源流として紹介する。単年の発売モデルや王者の使用品を示す写真ではない。

1850年頃のD.マキューアンのプレークラブ。木製ヘッドと長いシャフトを備える館蔵品を、この時代のドライバーの源流として紹介する。単年の発売モデルや王者の使用品を示す写真ではない。

この年の全英と、主役たち

SEASON LEADERS

年間賞金順位の代わりに、当時の主要選手権とその勝者を紹介する。個別大会の賞金と年間の獲得賞金は区別して読む。

  • 英国男子 · オープン選手権

    1871年

    開催なし

    開催状況

    新しい賞品と運営を巡る合意に至らず、全英は開催されなかった。

この年の全英は開催なし。優勝者や優勝打数は記載しない。翌1872年、プレストウィックで36ホールの選手権が再開する。全英アマチュアは1885年、全英女子アマは1893年から。創設前の大会や未確認の年間賞金順位は並べない。

当時の主要選手権

MAJOR CHAMPIONS

男子の主要選手権

1871年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

選手権の勝負と、クラブや道具の歩み。

  1. 年間

    この年の全英に、優勝者はいない

    前年、ヤング・トム・モリスがチャレンジ・ベルトを永久所有。新しい賞品や他クラブの参加を巡る合意に至らず、全英オープンは開催されなかった。

  2. 年間

    次のトロフィーへ続く、一年の空白

    銀のクラレット・ジャグへつながる話し合いは続いたが、3クラブの合意は翌1872年。1871年にジャグを受け取った王者や、開催していない大会の優勝スコアはない。

  3. 年間

    ホイレイクは18ホールへ

    1869年に9ホールで始まったクラブは、この年18ホールへ拡張し、「ロイヤル」の称号も得た。全英が休んだ年にも、ロイヤル・リバプールのコースづくりは進んでいた。

  4. 年間

    ニュージーランドに、クラブが誕生

    9月、ダニーデンでゴルフクラブを作る会合が開かれた。最初の名称はダニーデン・ゴルフクラブで、後のオタゴ・ゴルフクラブにつながる。用具の確保も、初期の会員たちの課題だった。

  5. 道具

    飛距離を担った、長い木製クラブ

    ティーから遠くへ運ぶ役割を担ったのがプレークラブ。写真は1850年頃のD.マキューアンの館蔵品で、長いシャフトと木製ヘッドを持つ。現代のドライバーへつながる形を、当時の競技の記録と見比べられる。

日本のゴルフ

日本での本格的なクラブの歩みは、1903年の神戸ゴルフ倶楽部の開場へつながる。ここでは、この年に確認できない大会や賞金順位を補わない。

    この年を、もう少し深く

    STORIES OF 1871

    優勝ベルトが、大会の手を離れた。

    前年、ヤング・トム・モリスが3連覇を達成し、赤い革のチャレンジ・ベルトを永久所有した。これまで勝者が預かっていた賞品は、次の大会に引き継がれなくなった。

    ほかのクラブも、運営に加わる案。

    プレストウィックでは春の会合で、ほかのクラブと大会や新しい賞品を共同で支える案を話し合った。しかし開催地と参加するクラブについて合意に至らず、1871年の全英は行われなかった。

    銀のクラレット・ジャグへ続く空白。

    翌1872年、プレストウィック、オナラブル・カンパニー、R&Aの3クラブが合意し、それぞれ10ポンドを新しいトロフィーに出すことになった。大会は再開したが、ジャグの最初の授与は1873年。開催のない一年も、今の全英につながっている。