1872年
一年空いて、4大会連続のヤング・トム。
ヤング・トム・モリスが166打で勝利。デービー・ストラスの169打を3打上回った。1871年は開催がないため、1868年から4年連続ではなく、開かれた4大会を続けて制したことになる。 再開した全英で、ヤング・トムがまた勝った。新しい銀のトロフィーはまだ間に合わず、王者にはメダルが渡された。
この時代のプレークラブ

1850年頃のD.マキューアンのプレークラブ。木製ヘッドと長いシャフトを備える館蔵品を、この時代のドライバーの源流として紹介する。単年の発売モデルや王者の使用品を示す写真ではない。
この年の全英と、主役たち
SEASON LEADERS年間賞金順位の代わりに、当時の主要選手権とその勝者を紹介する。個別大会の賞金と年間の獲得賞金は区別して読む。
英国男子 · オープン選手権
1872年
全英オープン優勝
プレストウィックで36ホールを166打。この大会の優勝者で、年間賞金王の記録ではない。
当時の主要選手権
MAJOR CHAMPIONS男子の主要選手権
- 年間
1872年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
選手権の勝負と、クラブや道具の歩み。
- 年間
一年の休止を挟み、4大会連続の優勝
ヤング・トム・モリスが166打で勝利。デービー・ストラスの169打を3打上回った。1871年は開催がないため、1868年から4年連続ではなく、開かれた4大会を続けて制したことになる。
- 年間
3クラブで、新たな賞品を支える
プレストウィック、オナラブル・カンパニー、R&Aの3クラブが、それぞれ10ポンドを新しいトロフィーへ出すことで合意。大会は一つのクラブだけで支える形から変わっていった。
- 年間
- 年間
ダニーデンでは、9ホールを整える
前年に発足したクラブは、1872年初めに市から土地使用の許可を受け、モーニントンに9ホールを整えた。大会の賞品だけでなく、日々プレーする場所も各地で作られていた。
- 道具
飛距離を担った、長い木製クラブ
ティーから遠くへ運ぶ役割を担ったのがプレークラブ。写真は1850年頃のD.マキューアンの館蔵品で、長いシャフトと木製ヘッドを持つ。現代のドライバーへつながる形を、当時の競技の記録と見比べられる。
日本のゴルフ
日本での本格的なクラブの歩みは、1903年の神戸ゴルフ倶楽部の開場へつながる。ここでは、この年に確認できない大会や賞金順位を補わない。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 18728人が集まった、久しぶりの全英。
1871年の開催見送りを経て、全英はプレストウィックで再開した。大会公式の回顧では、選手への通知はわずか2日前だったという。集まった8人が、従来どおり12ホールを3周した。
5打の遅れを、最後の53打で逆転。
2周を終え、ヤング・トム・モリスはデービー・ストラスに5打差をつけられていた。最後の周回を53打で回ると、合計166打で逆転。ストラスの169打に3打差をつけた。
優勝は4大会連続。手元にはメダル。
1868年、1869年、1870年、そして1872年。開催されなかった一年を挟み、ヤング・トムは出場した4大会を続けて制した。新しいトロフィーはまだ完成しておらず、この年に受け取ったのは優勝メダルだった。