ゴルフ史

1870年

3連覇で、赤いベルトはヤング・トムのものに。

ヤング・トム・モリスが47・51・51の149打で3連覇。2位のボブ・カークとデービー・ストラスには12打差をつけた。36ホールの競技だった時代のスコアである。 19歳の王者が、最初の12ホールを47打で回った。3年続けて勝ったことで、優勝賞品のベルトも永久に手にした。

この時代のプレークラブ

1850年頃のD.マキューアンのプレークラブ。木製ヘッドと長いシャフトを備える館蔵品を、この時代のドライバーの源流として紹介する。単年の発売モデルや王者の使用品を示す写真ではない。

1850年頃のD.マキューアンのプレークラブ。木製ヘッドと長いシャフトを備える館蔵品を、この時代のドライバーの源流として紹介する。単年の発売モデルや王者の使用品を示す写真ではない。

この年の全英と、主役たち

SEASON LEADERS

年間賞金順位の代わりに、当時の主要選手権とその勝者を紹介する。個別大会の賞金と年間の獲得賞金は区別して読む。

  • 英国男子 · オープン選手権

    1870年

    ヤング・トム・モリス

    全英オープン優勝

    プレストウィックで36ホールを149打。この大会の優勝者で、年間賞金王の記録ではない。

プレストウィックで12ホールを3周する36ホールの全英。現在の72ホールと同じ打数の基準で比べない。全英アマチュアは1885年、全英女子アマは1893年から。創設前の大会や未確認の年間賞金順位は並べない。

当時の主要選手権

MAJOR CHAMPIONS

1870年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

選手権の勝負と、クラブや道具の歩み。

  1. 年間

    149打。12ホール時代の大勝

    ヤング・トム・モリスが47・51・51の149打で3連覇。2位のボブ・カークとデービー・ストラスには12打差をつけた。36ホールの競技だった時代のスコアである。

  2. 年間

    578ヤードの1番を、3打で上がる

    最初の周回、ヤング・トムは長い1番で約200ヤードの3打目を直接入れた。最初の12ホールを47打で回る流れにつながり、残る2周も51打ずつにまとめた。

  3. 年間

    チャレンジ・ベルトを永久所有

    3年続けて優勝するとベルトを自分のものにできる規定があり、ヤング・トムが条件を満たした。新たな賞品と運営を巡る話し合いが必要となり、翌年の全英は開かれなかった。

  4. 道具

    飛距離を担った、長い木製クラブ

    ティーから遠くへ運ぶ役割を担ったのがプレークラブ。写真は1850年頃のD.マキューアンの館蔵品で、長いシャフトと木製ヘッドを持つ。現代のドライバーへつながる形を、当時の競技の記録と見比べられる。

日本のゴルフ

日本での本格的なクラブの歩みは、1903年の神戸ゴルフ倶楽部の開場へつながる。ここでは、この年に確認できない大会や賞金順位を補わない。

    この年を、もう少し深く

    STORIES OF 1870

    578ヤードの1番を、3打で終える。

    最初のホールは578ヤード。ヤング・トム・モリスは約200ヤードを残した3打目を直接入れ、このホールで初めての「3」を記録した。勢いは続き、最初の12ホールを47打で回った。

    149打。12ホールを3周した時代の頂点。

    その後を51打、51打として合計149打。12ホールを3周する全英の36ホール競技で、最少の優勝スコアとなった。2位の二人には12打差。前年の11打差に続く大勝だった。

    3年続けて勝てば、ベルトを自分のものに。

    優勝賞品チャレンジ・ベルトには、3年連続の優勝で永久所有できる条件があった。1868年から3連覇したヤング・トムがその条件を達成。新たな賞品と大会の運営をどうするかが、次の年の課題になった。