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国・地域未確認 · 男子・一般

ヤング・トム・モリス

Young Tom Morris

日本語名は仮表記です。英語名を併記しています。

人物と歩み

の息子としてプレストウィックでゴルフを覚え、若くして観衆を魅了した攻撃的な選手。大きなスイングでコースへ挑むプレーは、父の堅実さとは異なる魅力を持っていた。

1868年に17歳156日で全英を勝ち、父を2位に退けた。1869年、1870年、休止を挟んだ1872年も優勝し、開催された大会で4連勝。3連勝で旧優勝ベルトを永久保持したことは、新しい優勝杯が用意される契機にもなった。

1869年には全英最初のホールインワンも記録した。1875年に妻と子を失い、その年のクリスマスに24歳で死去。短い競技生活でも、若いスター選手が観客を引きつけるゴルフの可能性を示した。

生涯成績

PGA TOUR認定通算4勝。男子メジャー4勝。1868〜1872年に1種類のメジャーで優勝。

PGA TOUR認定通算
4勝
男子メジャー通算
4勝
メジャー優勝大会の種類
1大会

公式資料の確認日:

ツアー通算勝利には、そのツアーが認定するメジャー優勝を含みます。メジャー勝利を足し合わせた総勝利数ではありません。一般・シニア・アマチュアの実績は区別しています。 歴史上の選手は、遡及認定を含むツアー通算と公式プロフィール掲載のプロ通算を分けて表示します。

メジャー優勝の内訳

全英オープン · 4勝
1868年、1869年、1870年、1872年

PGA TOUR認定通算は2026年公式メディアガイドの歴代一覧に基づきます。ツアー創設前やアマチュア時代の認定勝利を含むため、当時の所属ツアーやプロとしての勝利数を示すものではありません。メジャー通算とは重複するため合算しません。

メジャーでのキャリア

1868年の全英オープンで最初のメジャー優勝。その後も勝利を重ね、1872年の全英オープンまでに通算4勝を挙げた。

大会ごとの実績

最多優勝の大会は全英オープンで4勝(1868・1869・1870・1872年)。優勝したメジャーは1種類。

全英オープンでの連覇

1868〜1870年に全英オープンで3年連続優勝。同じ大会での継続した実績も年別優勝記録で確認できる。

公式記録に残る通算勝利

PGA TOURの公式歴代勝利一覧では通算4勝と認定されている。歴史上の大会を遡って認定した記録を含み、世界各地の全大会を合計した生涯総勝利数ではない。

キャリア年表

  1. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1868年のゴルフ史を読む →
  2. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1869年のゴルフ史を読む →
  3. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1870年のゴルフ史を読む →
  4. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1872年のゴルフ史を読む →

ゴルフ史でたどるキャリア

  1. スコアカードが登場。王者の名前も変わる。

    オールド・トムの息子ヤング・トム・モリスは、14歳147日で全英初出場。60打、57打で回った後、最後の周回を棄権した。17歳で初優勝するのは、この3年後のことだった。

    1865年のゴルフ史を読む →
  2. 46歳の王者。借りた木製クラブで風を抜く。

    この年がオールド・トムの全英最後の優勝となった。同じ大会で息子ヤング・トムは父に5打差の4位。翌年、今度は息子が優勝し、父が2位になる。

    1867年のゴルフ史を読む →
  3. 17歳のヤング・トム。父を破って初優勝。

    14歳で初めて全英に出たヤング・トム・モリス。この年は4度目の出場だった。12ホールを51・54・49、合計154打で回り、父オールド・トムの157打を3打上回った。

    ヤング・トムの最初の51打は、大会の周回最少記録だった。2周目に父とが50打を出すと、息子は最後の周回をさらに1打少ない49打で回った。スコアを縮め合う親子の勝負でもあった。

    前年、46歳の父が全英4勝目。この年は17歳156日の息子が初優勝した。父子がそろって上位を占めながら、勝者の名前はオールド・トムからヤング・トムへ変わった。

    1868年のゴルフ史を読む →
  4. 丘の向こうで歓声。全英初のホールインワン。

    プレストウィックの8番は166ヤード。サハラ・バンカーの先に丘があり、ティーからグリーンが見えないホールだった。最初の周回、ヤング・トム・モリスの一打が直接カップへ。全英で初めてのホールインワンになった。

    球の行方は丘に隠れていた。大会公式の回顧によれば、ヤング・トムが成功を知ったのは、グリーン側から上がった観客の歓声だった。

    1869年のゴルフ史を読む →
  5. 3連覇で、赤いベルトはヤング・トムのものに。

    最初のホールは578ヤード。ヤング・トム・モリスは約200ヤードを残した3打目を直接入れ、このホールで初めての「3」を記録した。勢いは続き、最初の12ホールを47打で回った。

    優勝賞品チャレンジ・ベルトには、3年連続の優勝で永久所有できる条件があった。1868年から3連覇したヤング・トムがその条件を達成。新たな賞品と大会の運営をどうするかが、次の年の課題になった。

    1870年のゴルフ史を読む →
  6. 全英が開かれなかった、一年。

    前年、ヤング・トム・モリスが3連覇を達成し、赤い革のチャレンジ・ベルトを永久所有した。これまで勝者が預かっていた賞品は、次の大会に引き継がれなくなった。

    1871年のゴルフ史を読む →
  7. 一年空いて、4大会連続のヤング・トム。

    2周を終え、ヤング・トム・モリスはに5打差をつけられていた。最後の周回を53打で回ると、合計166打で逆転。ストラスの169打に3打差をつけた。

    1868年、1869年、1870年、そして1872年。開催されなかった一年を挟み、ヤング・トムは出場した4大会を続けて制した。新しいトロフィーはまだ完成しておらず、この年に受け取ったのは優勝メダルだった。

    1872年のゴルフ史を読む →
  8. セントアンドリュースへ。新しいトロフィーが渡る。

    キッドは銀のクラレット・ジャグを初めて受け取った王者となった。ただし、トロフィーに最初に刻まれた優勝者の名前は前年のヤング・トム・モリス。完成が間に合わなかった年の勝者も、新しい賞品に記録された。

    1873年のゴルフ史を読む →
  9. 9ホールを4周。パーク弟が初出場で勝つ。

    は初代王者ウィリー・パークの弟。若い頃を海で過ごし、この年が全英初出場だった。前半18ホールを75打、後半を84打で回り、合計159打。ヤング・トム・モリスに2打差で勝った。

    4大会続けて勝っていたヤング・トムは、この年2位。この大会が彼の最後の全英出場になった。翌年のクリスマス、24歳で亡くなり、再び全英のティーに立つことはなかった。

    1874年のゴルフ史を読む →
  10. 最初の王者が、15年後にもう一度。

    大会直前、ヤング・トムは妻と子を亡くしていた。父子はともに全英を欠場。そしてクリスマスの日、ヤング・トム自身も24歳で亡くなった。4度全英を制した若い王者の歩みは、ここで途切れた。

    1875年のゴルフ史を読む →

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