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道具・選手・大会・ブランド歴史と伝統をイメージしたイラスト
276年の出来事
ゴルフの原風景
1457–1859- 1457年スコットランド議会がゴルフ禁止令。フットボールとともに禁じ、国防のため弓の練習を促した。この法令は、スコットランドでゴルフに言及した最古の文書記録とされる。歴史
1457年を絵でたどる

1457 · 時代を映す一枚遊びが、記録に残る。 弓の練習とゴルフ禁止令。最古の文書記録に着想を得て、スコットランドの歴史を描く。
AI生成イメージ画。実景・史料の正確な復元や、実在製品の写真ではありません。 - 1471年スコットランド議会がゴルフとフットボールの禁止を再確認。弓の訓練が重視された時代、1457年に続いて遊びを規制する法令が出た。歴史・法令
- 1491年スコットランド議会が、ゴルフやフットボールを「役に立たない遊び」として再び禁止。法令では、国内のどこでも行わないよう求めている。歴史・法令
- 1502年ジェームズ4世のため、パースの弓職人からクラブを買った記録。ゴルフ用と考えられる道具を、王室が職人に求めていた。王室・道具
- 1504年ジェームズ4世とボスウェル伯爵のゴルフのための支出が、王室の会計に残る。クラブとボールの購入も記され、王の遊びを具体的にたどれる。王室・対戦
- 1506年王室の会計に、ゴルフボール12個とクラブ2本の購入。道具代が繰り返し現れ、ゴルフが王の楽しみの一つだったことを伝える。王室・道具
- 1538年アバディーンの町の記録に「goiff」の語。勝ち負けに関わった人々への言及から、仲間どうしのゴルフの様子がうかがえる。暮らし・記録
- 1545年アバディーンの町の記録に、ゴルフボール3ダースと3個。合計39個の球が登場し、16世紀半ばの道具の存在を伝える。道具・記録
- 1552年セントアンドリュースの人々がリンクスでゴルフをする権利を認められる。アバディーンには、ゴルフの勝ち分としてワインを求めた記録も残る。コース
- 1556年アバディーンの裁判記録に、ボール2ダースをめぐる債務。球のやり取りが、町の商売の記録からたどれる。道具・取引
- 1561年スターリングの裁判記録に、ゴルフクラブを使った争い。プレーの記録とは別に、町の日常に道具があったことも伝わる。道具・暮らし
- 1565年アバディーンの町の記録に、ゴルフを認められない遊びとする記述。カードやサイコロなどと並べられ、遊びへの規律がうかがえる。暮らし・規律
- 1566年1566年頃、モントローズの少年が学校でゴルフのクラブの使い方を習う。弓術や水泳などと並ぶ遊びだったことが、のちの回想に残る。学校・暮らし
- 1568年メアリー女王が喪中にゴルフをした、と政敵が非難する文書。女王とゴルフを結ぶ話の根拠になるが、実際のプレーや場所は確定できない。王室・史料
- 1574年1574年頃の学生生活の回想に、父が支えたゴルフの道具代。セントアンドリュースで、弓術とともに学びの合間の楽しみになっていた。学生・道具
- 1576年アバディーンで、教会の役員が日曜のリンクスを見回るよう命じられる。説教中にゴルフをする人を見つけ、名前を記録するためだった。リンクス・暮らし
- 1579年1579年に亡くなったエディンバラの商人の遺産目録に、ゴルフボール8ダース。道具が商人の持ち物にも含まれていた。道具・暮らし
- 1583年セントアンドリュースの「ゴルフの野」で、断食と説教の時間に遊んだ人々の記録。ゴルフと宗教生活の折り合いが、町の課題にもなっていた。リンクス・暮らし
- 1585年オークニーからの手紙の追伸に、ボール1ダースを持ってきてほしいという頼みごと。島に暮らす人々のゴルフへの関心が、日常の便りに残る。道具・手紙
- 1588年のちに王室のクラブ職人となるウィリアム・メインが、エディンバラで弓職人として市民資格を得る。道具づくりを支えた職人の経歴が残る。道具・職人
- 1592年エディンバラで日曜のゴルフを禁じる規定。女性も対象として記され、当時のプレーの広がりをうかがわせる。暮らし・歴史
- 1598年セントアンドリュースの「ゴルフの野」で日曜に遊んだ人々を、教会がとがめる。リンクスでの身近な楽しみが、教会の記録からたどれる。コース・暮らし
- 1599年パースのノース・インチで、日曜の説教中にゴルフをした4人が教会で謝罪。今もゴルフが行われる土地に、当時のプレーの記録が残る。コース・暮らし
- 1602年真冬のリース・リンクスでゴルフの対戦。預けた金の返還をめぐる裁判記録から、海辺での遊びがたどれる。対戦・歴史
- 1603年国王がウィリアム・メインを、王室のクラブ・弓・矢・槍の職人に任命。木工の技術がゴルフの道具づくりも支えていた。道具・王室
- 1605年1603年にノルウェーにあったハシバミ製シャフト250本をめぐり、エディンバラで訴訟。ゴルフの材料調達も海を越えていた。道具・交易
- 1606年リッチモンド滞在中のフランス大使が、王子の「スコットランドの遊び」を書簡に記す。ゴルフを指すと考えられ、イングランドでの広がりを伝える。英国・手紙
- 1608年パースの樽職人の遺産目録にクラブとボール。キングホーンには日曜のプレーをとがめる記録が残り、各地の暮らしにゴルフの足跡が見える。暮らし・道具
- 1613年フレーザーバラに日曜のゴルフをとがめる記録。パースでは商人の差し押さえ品にボール120個があり、遊びを支える道具の在庫も見える。暮らし・道具
- 1616年ダンバー近郊で、日曜に初期のゴルフ「ナイン・ホールズ」をした人々が教会から注意を受ける。プレーの様子が教会の記録に残る。暮らし・歴史
- 1617年1617年頃、フレーザーバラ南西のフィンガスクで日曜にゴルフをした人々の記録。海辺のリンクスで遊ばれていたことがわかる。暮らし・歴史
- 1618年スコットランドで国王がゴルフボールの製造・販売の独占権を与える。球をめぐる商売が、王室の政策にも関わっていた。道具・歴史
- 1619年ドーノッホゆかりの若いサザーランド伯爵に、クラブやボール、弓矢を買った記録。ゴルフの道具も運動のために用意されていた。道具・暮らし
- 1624年イングランドのロイストンで、クラブやボールの購入とゴルフの賭けに負けた支出が帳簿に残る。宮廷人の遊びも会計記録からたどれる。英国・歴史
- 1626年パースで、ゴルフボールを買うために質に入れた指輪の返却をめぐる訴訟。道具の売買を支えた身近なお金のやり取りが見えてくる。道具・暮らし
- 1632年ケルソーの教会墓地で、ゴルフボールによる死亡事故をめぐる訴訟。町の中でプレーしていた時代の危険も記録に残る。暮らし・歴史
- 1635年エディンバラの商人の在庫に、未完成品を含むクラブヘッドやシャフト1000点。弓矢などとともに、ゴルフの部品も扱われていた。道具・職人
- 1636年アバディーンのラテン語教材『Vocabula』に、クラブやボール、砂に球を置く動作の表現。身近なゴルフが授業の題材にもなる。文化・教材
- 1639年インヴァネスからリースへ着いた船の積荷に、クラブヘッド3000個。完成したクラブだけでなく、部品の流通も港の記録からたどれる。道具・交易
- 1640年ダンバーでは牧師が日曜のゴルフをとがめられる。プレーが広がる一方で、安息日の規律との緊張が続いていた。暮らし・歴史
- 1642年セントアンドリュース大学の委員会が、体を動かす健全な遊びとしてゴルフや弓術を認める。学生の暮らしに運動として位置づけられる。大学・歴史
- 1647年エルギンの町の登録にボール職人が登場。のちのゴルフ道具の取引記録と合わせ、職人の仕事がたどれる。道具・歴史
- 1649年エルギンで、クラブ製作の代金をめぐる訴訟。皮革職人に製作を頼む取引が、町の裁判記録からわかる。道具・歴史
- 1657年アバディーンの裁判記録に、グダニスクへ送られたクラブ24本とボール24個の代金。道具が海を渡る取引がたどれる。道具・交易
- 1659年北米のフォート・オレンジで、路上の「コルフ」を禁じる条例。棒で球を打つオランダの遊びも、大西洋を渡っていた。関連する遊び
- 1661年1661年頃のアバディーンの地図に、街とリンクスの姿。ゴルフが行われた土地を、当時の図からたどれる。地図・歴史
- 1672年ジョン・フォーリスがマッセルバラでゴルフをした記録を残す。同年のノース・バーウィックにも、別の対戦の記録が残る。歴史ジョン・フォーリスの選手名鑑 →
- 1674年1674年頃、グラスゴーで学ぶ若い貴族のためにクラブやボールを購入。家計記録に学生時代のゴルフが残る。道具・歴史
- 1681年1679〜1681年の秘書の帳簿に、ヨーク公のために買ったクラブやボールの代金。王族のゴルフも実際の支出からたどれる。道具・歴史
- 1686年ジョン・フォーリスの支出記録に、クラブの修理代やキャディーへの支払い。馬車や食事も含め、ゴルフに出かける一日が見えてくる。歴史ジョン・フォーリスの選手名鑑 →
- 1687年医学生の日記に、構えやスイング、クラブとボールの選び方の考察。打ち方を試し、自分の言葉で記録する姿が残る。技術・道具
- 1691年セントアンドリュースから友人へ、クラブ3本とボール12個の贈り物。手紙はこの町を「ゴルフの都」と呼ぶ。道具・文化
- 1695年市がブランツフィールドで採石を認める一方、ゴルフをする場所から離すよう条件を付ける。リンクスを使う権利が公的な記録に残る。コース・歴史
- 1702年現在のフォートローズにあたる地域で、ゴルフをしていた文書記録。ハイランドにもプレーの足跡が残る。歴史
- 1711年1711年に亡くなった酒場の女主人を悼む詩に、ゴルフ帰りに集う人々の姿。ブランツフィールドでの社交の様子が残る。文化・歴史
- 1716年市がブランツフィールド西側の土地を貸し出す。翌年に建つ「ゴルフホール」へとつながる記録が残る。歴史
- 1717年ブランツフィールドに酒場「ゴルフホール」が建つ。後にゴルファーの集まりや、クラブ職人の拠点となる。歴史
- 1721年詩『Glotta』に、グラスゴー・グリーンで冬にゴルフをする若者たちの姿。プレーの情景が、街を描く文学に残る。文化
- 1723年リースの土地に関する市の記録に、貨幣の代わりに納めるゴルフクラブ一式。道具が土地の保有条件にも組み込まれていた。道具・歴史
- 1724年リースで20ギニーを賭けたゴルフの対戦が新聞に登場。勝負を伝える記事が、当時の競技を知る手がかりになる。大会・歴史
- 1735年後のロイヤル・バージェスが、団体の起源とする年。エディンバラのブランツフィールド・リンクスを舞台に活動した。クラブ
- 1743年リースのゴルフを描いた詩『The Goff』がエディンバラで刊行。クラブやボールをめぐる勝負の情景が文学にも残る。文化
- 1744年リースで銀のクラブを争う競技に向け、現存する最古の成文ルール「13か条」が作られる。ルール
- 1754年後のロイヤル・アンド・エンシェントGCが発足。22人の出資で銀のクラブを争い、勝者がキャプテンを務める。歴史
- 1759年1759年までに、セントアンドリュースの銀のクラブ競技は総打数の少なさで勝敗を決める方式へ。スコアを積み重ねて競う姿が見える。大会・ルール
- 1761年ブランツフィールド・リンクス・ゴルフィング・ソサエティの起源とされる年。会員は当時、5ホールのリンクスでプレーした。クラブ
- 1763年ゴルフを詠んだ詩『The Goff』が再版される。1743年の初版から20年後にも、競技の物語が本として残る。文化
- 1764年セントアンドリュースの1ラウンドが22ホールから18ホールになる。コース
- 1774年マッセルバラのゴルファーたちが銀杯をクラブへ贈る。オールド・クラブ・カップの優勝記録はこの年から残る。大会
- 1780年アバディーンでゴルファーの団体が発足。入会は投票で決め、1780年の年号を刻んだ投票箱が今も残る。クラブ
- 1783年アバディーンのゴルファーたちが、ボールを探す時間を5分までとする規則を導入。プレーの進め方にも決まりが生まれる。ルール
- 1784年マッセルバラのクラブに残る議事録が始まる。会員は26人で、銀杯の勝者が翌年のキャプテンを務めた。歴史
- 1786年11人がクレイル・ゴルフィング・ソサエティを設立。大西洋の向こう、チャールストンでもゴルフのプレー記録が残る。クラブ・歴史
- 1787年アールズフェリーのリンクスで活動するゴルフ団体が、新聞に年次総会の案内を掲載。地域での集まりの記録が残る。歴史
- 1788年マッセルバラのクラブが規則を9か条に改定。リンクスの管理・監督役も選び、プレーする土地を守る仕組みを整える。ルール・コース
- 1792年クレイルが、黄色いボタンの付いた赤い上着を会員の制服に採用。リンクスでの装いもクラブの決まりになった。伝統
- 1793年フォートローズでゴルフが地域に根付いていたことを統計誌が記録。キングスバーンズのゴルファーとクレイルの交流もたどれる。歴史
- 1794年ダンバー・ゴルフィング・ソサエティが規則と27人の名簿を残す。舞台は町の西側のリンクス。クラブ
- 1806年1806年頃、セントアンドリュースのクラブに金メダル。キャプテンを選ぶ仕組みも変わっていく。大会・歴史
- 1809年グラスゴーGCが活動を再開。新しい議事録から、休止を挟んだクラブの歩みがたどれる。クラブ
- 1810年モントローズGCが発足。17ホールで競い、クラブがリンクスの整備も担う。クラブ・コース
- 1811年マッセルバラで魚売りの女性たちの競技。賞品には魚籠などが用意された。大会
- 1815年キングスバーンズのゴルフ団体が正式に発足。当時は9ホールのコースでプレーした。クラブ
- 1817年スコッツクレイグとセントアンドリュース・シスルの団体が誕生。競技の集まりが広がる。クラブ
- 1818年オールド・マンチェスターGCが発足。スコッツクレイグでは金メダル競技が始まる。クラブ・大会
- 1819年セントアンドリュース・シスルに残る最古のメダル。勝者を4年間休ませる規定もあった。大会
- 1820年インナーレヴンで15人がクラブを結成。自分たちの規則をまとめ、ダビーサイドで競う。クラブ・ルール
- 1821年セントアンドリュースのリンクスが買い取られ、ウサギ飼育をめぐる争いに区切り。ゴルフの場が守られる。コース
- 1824年パース・ゴルフィング・ソサエティが発足。赤い上着の会員たちがリンクスで競い合う。クラブ
- 1829年カルカッタ・ゴルフクラブが発足。インドのダムダムに9ホールのコースが生まれる。クラブ
- 1832年ノース・ベリックGCが発足。6ホールを3周する競技から、ウェスト・リンクスの歩みが始まる。クラブ
- 1833年パースのゴルフ団体が王室の後援を受け、「ロイヤル」の称号を得る。歴史
- 1834年R&Aのゴルフクラブが王室の後援を受ける。パースに続き、セントアンドリュースでも。歴史
- 1836年オナラブル・カンパニーがリースからマッセルバラへ。混み合うリンクスから新たな拠点へ移る。コース
- 1838年ダンディーとアーブロースを結ぶ鉄道が開通。カーヌスティの町とゴルフの発展を後押しする。歴史
- 1842年ボンベイGCが発足。カーヌスティではクラブの正式な組織化とキンロック・メダルの記録が残る。クラブ
- 1843年メカニクスの仲間たちがクラブを結成。R&Aとは別の、セントアンドリュースGCの歩みが始まる。クラブ
- 1845年パンミュアGCが発足。アラン・ロバートソンらがモニフィースに9ホールを整える。クラブ・コースアラン・ロバートソンの選手名鑑 →
- 1847年セントアンドリュースのメカニクス・ゴルフクラブで、元日に最初の正式なクラブ競技が開かれる。大会
- 1848年樹脂を使ったガッタパーチャ・ボールが登場。ボールの素材が変わる。 セントアンドリュースのメカニクスGCではハンディキャップを競技に導入。道具
- 1850年1850年頃の木製プレークラブが館蔵品に残る。現代のドライバーへ続く道具の姿を伝える。道具
- 1851年プレストウィックGCが発足。オールド・トム・モリスが12ホールのコースを造る。クラブ・コースオールド・トム・モリスの選手名鑑 →
- 1852年アイルランドのカラ平原にゴルフの記録。同年、セントアンドリュースには鉄道も開通する。歴史
- 1853年R&Aのクラブハウスを定礎。セントアンドリュースに新たな拠点が築かれる。クラブ
- 1854年R&Aのクラブハウスが6月22日に開館。オールドコースを見渡す拠点となる。クラブ
- 1856年フランスでポー・ゴルフクラブが創設され、ヨーロッパ大陸にもゴルフが根を下ろす。クラブ
- 1857年セントアンドリュースでクラブ対抗のフォアサム競技。全英創設前からクラブ同士が競い合う。大会
- 1858年アラン・ロバートソンがオールドコースで79打。初めて80を切った記録を残す。選手アラン・ロバートソンの選手名鑑 →
- 1859年名手アラン・ロバートソンが死去。次の王者を決める問いが、翌年の全英へつながる。選手アラン・ロバートソンの選手名鑑 →
大会と道具の始まり
1860–1899- 1860年第1回全英オープン。8人のプロが競い、ウィリー・パークが初代王者に。大会
1860年を絵でたどる

1860 · 時代を映す一枚最初の栄冠は、ベルト。 8人のプロが競った最初の全英。赤い革と金属の装飾が、王者を決める大会の始まりを思わせる。
AI生成イメージ画。実景・史料の正確な復元や、実在製品の写真ではありません。 - 1861年全英がアマチュアにも開かれ、オールド・トム・モリスが初優勝。選手
- 1862年オールド・トム・モリスが13打差で全英を連覇。選手
- 1863年全英に初めて賞金が用意され、ウィリー・パークが2度目の優勝。大会
- 1864年オールド・トムが全英3勝目。優勝者に初めて賞金6ポンドが渡る。大会
- 1865年印刷された公式スコアカードが登場。アンドリュー・ストラスが全英初優勝。大会・選手
- 1866年全英でパーク兄弟が1・2位。兄ウィリーが3勝目を挙げる。選手
- 1867年借りた木製クラブで風に対処。オールド・トムが46歳で全英4勝目。道具・選手
- 1868年17歳のヤング・トムが全英初優勝。父オールド・トムが2位に。選手
- 1869年ヤング・トムが全英初のホールインワン。11打差で連覇する。選手
- 1870年ヤング・トムが全英3連覇。赤い革のチャレンジ・ベルトを永久所有。大会・選手
- 1871年全英は開催されず。共同運営と、新しい優勝賞品を巡る協議が続く。大会
- 1872年全英が再開。ヤング・トムが4大会連続で優勝し、メダルを受け取る。大会・選手
- 1873年全英が初めてセントアンドリュースへ。カナダではモントリオールのクラブ創設。大会・コース
- 1874年マッセルバラで初めての全英。マンゴー・パークが初出場で優勝。大会・選手
- 1875年初代王者ウィリー・パークが、最初の優勝から15年後に全英4勝目。選手
- 1876年全英初の首位タイ。裁定を巡る対立の末、ボブ・マーティンが王者に。大会
- 1877年ジェイミー・アンダーソンが全英初優勝。3周目の9ホールを37打で回る。選手
- 1878年アンダーソンがホールインワンで全英連覇。トゥルーンのクラブが設立。選手・コース
- 1879年アンダーソンが全英3連覇。三つの異なる会場で勝ち続ける。選手
- 1880年パターの名手ボブ・ファーガソンが、地元マッセルバラで全英初優勝。選手
- 1881年嵐の全英。22人のうち8人が競技を終え、ファーガソンが連覇。大会
- 1882年ファーガソンが全英3連覇。三つの会場で勝ち続ける。選手
- 1883年全英で初めて二人がプレーオフを争い、ファーニーが36ホールの延長戦を制す。大会
- 1884年18ホールに拡張されたプレストウィックで初めての全英。シンプソンが優勝。コース
- 1885年マーティンが全英2勝目。ホイレークでは全英アマにつながる大会が始まる。大会
- 1886年屋根職人デービッド・ブラウンが、地元マッセルバラで全英を制す。選手
- 1887年ウィリー・パーク・ジュニアが初優勝。父子二代の全英王者に。選手
- 1888年スコアの足し算を訂正。ジャック・バーンズが171打で全英王者に。大会
- 1889年マッセルバラ最後の全英。パーク・ジュニアが36ホールの延長戦で勝つ。大会
- 1890年ジョン・ボールが初のアマチュア全英王者。同じ年の全英アマも制す。選手
- 1891年ヒュー・カーカルディが兄を破り全英優勝。36ホール方式での最後の大会。大会・選手
- 1892年全英がミュアフィールドで72ホールに。アマチュアのヒルトンが優勝。大会
- 1893年オークタロニーが全英優勝。女子アマチュア選手権も始まる。大会
- 1894年全英が初めてイングランドへ。米国では五つのクラブがUSGAを設立。大会
- 1895年テーラーが全英連覇。米国では全米オープン・アマ・女子アマが始まる。大会
- 1896年バードンが全英初優勝。74歳のオールド・トムが最後の出場。選手
- 1897年アマチュアのヒルトンが、初の全英開催となった地元ホイレークで2勝目。選手
- 1898年ハスケルの糸巻きボールが登場。全英ではバードンが1打差で勝つ。道具・選手
- 1899年グラントが米国でゴルフティーの特許を取得。バードンは全英3勝目。道具・選手
日本にも広がるゴルフ
1900–1969- 1900年テーラーが全英を8打差で制す。パリ五輪で男子・女子のゴルフが行われる。大会
1900年を絵でたどる

1900 · 時代を映す一枚一本に宿る、職人の手。 木製のヘッドとシャフト。ゴルフが世界へ広がった時代を、クラブづくりの風景からたどる。
AI生成イメージ画。実景・史料の正確な復元や、実在製品の写真ではありません。 - 1901年最終ホールでクラブが折れても球はグリーンへ。ブレイドが全英初優勝。道具・選手
- 1902年ハードがハスケルの糸巻きボールを使い全英優勝。バードンらに1打差。道具・選手
- 1903年神戸ゴルフ倶楽部が、六甲山の9ホールで開場。日本
- 1904年ホワイトが全英初の72ホール300打切り。五輪男子個人はカナダのライアン。大会
- 1905年83歳のオールド・トムがスターターに。ブレイドが全英2勝目。選手
- 1906年ブレイドが全英連覇。大阪でミズノの前身、水野兄弟商会が創業。選手・ブランド
- 1907年マッシーが大陸欧州初の全英王者。日本アマチュア選手権も始まる。大会
- 1908年ブレイドが全英4勝目を8打差で達成。ロンドン五輪のゴルフは中止。大会
- 1909年シンクポーツで初めての全英。テーラーが9年ぶり、4度目の優勝。大会・選手
- 1910年雷雨で取り消された76打をやり直し、ブレイドが全英で初めて5勝に到達。選手
- 1911年バードンとマッシーが303打で並ぶ。延長戦を制したバードンが全英5勝目。選手
- 1912年強打者テッド・レイが全英初優勝。72ホール化後、初の全ラウンド単独首位。選手
- 1913年ウィメットが20歳で全米優勝。テーラーは全英5勝、東京ゴルフ倶楽部設立。大会・日本
- 1914年バードンが全英6勝目。戦争による休止前、最後の全英となる。選手
- 1915年全英は戦争で未開催。全米ではアマチュアのトラバースが1打差で勝つ。大会
- 1916年PGA of Americaと全米プロが始まる。日本アマに日本人が初出場。大会・日本
- 1917年全米と全米プロも休止。米国では赤十字支援の募金試合が行われる。大会
- 1918年駒沢の日本アマで井上信が日本人初の優勝。上位5人を日本人が占める。日本
- 1919年ペブルビーチが開場。全米と全米プロは再開し、全英はなお休止。コース・大会
- 1920年全英が再開。会場でドライバーを買ったダンカンが13打差を逆転。大会・道具
- 1921年米国籍のハッチソンが全英初制覇、故郷で36ホールの延長戦を勝つ。選手・大会
- 1922年ヘーゲンが全英初優勝、木製ティー「Reddy Tee」の普及も進む。選手・道具
- 1923年トゥルーン初の全英、ヘイバースが最終18番のバンカーから決める。選手・大会
- 1924年駒沢で7クラブがJGAを創立、全英ではヘーゲンが2勝目。日本・組織
- 1925年バーンズが5打差を逆転、プレストウィックで最後の全英が行われる。選手・コース
- 1926年ジョーンズが全英・全米を同年制覇、日本では東西の婦人対抗戦。選手・大会
- 1927年第1回日本オープンは赤星六郎、公式ライダーカップも始まる。日本・大会
- 1928年浅見緑蔵が日本オープン優勝、ヘーゲンは全英3勝目を挙げる。日本・選手
- 1929年宮本留吉が日本オープン初優勝、ヘーゲンは67打を出して全英4勝目。日本・選手
- 1930年ジョーンズが全英・全米のオープンとアマを制し、年間グランドスラム。選手・記録
- 1931年カーヌスティで初の全英。アーマーが71打で逆転優勝。大会・選手
- 1932年サラゼン、工夫したサンドウェッジとともに全英を制す。道具・選手
- 1933年ミズノのスターライン発売。全英ではシュートが優勝。道具・選手
- 1934年マスターズ初開催。全英のコットンはボール名に残る65打。大会・道具
- 1935年サラゼンがマスターズで初の生涯グランドスラム。タイトリスト誕生。道具・選手
- 1936年パジャムが全英初優勝。ミズノのクラブに三つの製品が加わる。道具・選手
- 1937年雨のカーヌスティ。コットンが26パットで全英2勝目。選手
- 1938年嵐の全英を、レグ・ウィットコムが295打で制す。大会・選手
- 1939年バートンが戦前最後の全英を制し、ジャグを7年間保持。大会・選手
- 1940年全英は休止。全米ではリトルがサラゼンとの延長戦に勝つ。大会・選手
- 1941年ウッドがマスターズと全米を制覇。日本オープンは戦前最後。大会・選手
- 1942年USGA選手権は休止。スニードが全米プロで初メジャー。大会・選手
- 1943年四大大会すべて未開催。ミズノは養老工場を開設。大会・ブランド
- 1944年女子プロ団体WPGA設立。再開した全米プロはハミルトン。団体・選手
- 1945年ネルソンが年間18勝・11連勝。日本はコースの復旧へ。選手・日本
- 1946年全英が七年ぶりに再開。全米女子オープンが初開催。大会
- 1947年デイリーが全英を制す。全米女子はストロークプレーへ。大会・選手
- 1948年コットンが41歳で全英3勝目。日本では関東プロが復活。選手・日本
- 1949年ロックが全英初優勝。養老でクラブ一貫生産が始まる。道具・団体
- 1950年ホーガンの1番アイアン。13人の創設者がLPGAを設立。道具・団体
- 1951年全英が初めて北アイルランドへ。フォークナーが優勝。大会
- 1952年ロックが全英3勝目。トムソンを1打差でかわす。選手
- 1953年ホーガンが全英で生涯グランドスラム。年間メジャー3勝も達成。選手
- 1954年トムソンが全英初優勝。ミズノのクラブ「ゴールドメダル」発売。道具・選手
- 1955年フレックがホーガン製アイアンで全米優勝。全英はテレビ中継へ。道具・大会
- 1956年トムソンが、72ホール化後初の全英3連覇。選手
- 1957年中村寅吉・小野光一組がカナダカップで優勝し、日本のゴルフ熱を後押し。日本
- 1958年トムソンが全英4勝目。全米プロはストロークプレーへ。大会
- 1959年PINGの「1-A」パターが誕生。プレーヤーは全英初優勝。道具・選手
- 1960年現在の中日クラウンズにつながる招待大会が始まる。大会
- 1961年パーマーが茂みから6番アイアンを放ち、全英初優勝。選手
- 1962年ニクラウスが全米でメジャー初優勝。パーマーは全英連覇。選手
- 1963年チャールズが、左打ちの選手として初めて全英を制する。選手
- 1964年リンクス初経験のレマが、全英初出場で優勝。選手
- 1965年プレーヤーが全米で生涯グランドスラム。トムソンは全英5勝目。選手
- 1966年ANSERパター誕生。ニクラウスが全英で生涯グランドスラム。道具・選手
- 1967年日本プロゴルフ協会に女子部が発足。全英はデビセンゾ。日本・選手
- 1968年第1回日本女子プロ選手権で、樋口久子が優勝。日本
- 1969年ジャクリンが全英優勝。ライダーカップにコンセッションの場面。選手・大会
あの頃の名器と選手
1970–1999- 1970年ニクラウスが聖地で全英2勝目。初の18ホール延長で決着。大会
- 1971年尾崎将司が日本プロで初優勝。全英はトレビノが制す。日本・選手
- 1972年トレビノが全英連覇。17番のチップインで流れを変える。選手・大会
- 1973年日本男子のツアー制度が始まる。日本
- 1974年女子プロ協会が独立。プレーヤーは全英三勝目。日本・大会
- 1975年ワトソンが全英初出場で優勝。18ホール延長を制す。選手・大会
- 1976年19歳セベが全英2位。ミラーが最終66打で勝つ。選手・大会
- 1977年樋口久子が海外メジャー初制覇。全英は太陽の下の決闘。日本・選手
- 1978年ニクラウスが全英三勝目。ミズノはナイロンソールを開発。大会・道具
- 1979年テーラーメイドの金属製ドライバー登場。セベは全英で初優勝。道具・選手
1979年を絵でたどる

1979 · 時代を映す一枚木から、金属へ。 木目の美しさと、磨かれた金属。メタルウッドが登場した転換点を、二つの素材で表す。
AI生成イメージ画。実景・史料の正確な復元や、実在製品の写真ではありません。 - 1980年青木功が全米2位。全英でも63打を記録する。日本・選手
- 1981年青木功が米ツアーへ本格参戦。全英はロジャースが優勝。日本・大会
- 1982年PINGがEYE2アイアンを開発。長く語られるモデルが生まれる。道具
- 1983年青木功が逆転イーグルで日本人初の米ツアー優勝。日本・選手
- 1984年セベが聖地で全英二勝目。ミズノはCBRシューズを発売。選手・道具
- 1985年ライルが全英優勝。欧州チームがライダーカップ初勝利。選手・大会
- 1986年46歳ニクラウスがマスターズ優勝。ノーマンは全英初勝利。選手・大会
- 1987年岡本綾子が米ツアー賞金女王。ファルドは全英初優勝。日本・選手
- 1988年日本女子にツアー制度。セベは月曜の全英で三勝目。日本・大会
- 1989年全英初の4ホール延長を、カルカベッキアが制す。大会・道具
- 1990年J’sメタルが登場。ファルドが聖地の全英を制す。道具・大会
- 1991年キャロウェイが初代ビッグバーサ・ドライバーを発売。道具
- 1992年キャロウェイが上場。ファルドは全英終盤に逆転し、三度目の優勝。ブランド・選手
- 1993年レイグランデWF発売。ノーマンが全英を当時の記録267打で制する。道具・選手
- 1994年キャメロンがアクシネットと提携。プライスは全英と全米プロに優勝。ブランド・選手
- 1995年テーラーメイドがバブルシャフトを採用したバーナー・ドライバーを発表。道具
- 1996年ウッズが全英のシルバーメダルを獲得。プロ転向後、米ツアー初優勝。選手
- 1997年タイガー・ウッズがマスターズを制する。選手
- 1998年TOURSTAGEのボール発売。オメーラはマスターズに続いて全英を制す。道具・選手
- 1999年カーヌスティの全英でローリーが10打差を逆転。三人の延長を制する。大会
今につながる記憶
2000–2026- 2000年初代ゼクシオとPro V1。ウッズが全英で生涯グランドスラム。道具・選手
2000年を絵でたどる

2000 · 時代を映す一枚あの一本から、続く物語。 初代ゼクシオが登場した年。青と銀のヘッドに、チタンの時代の記憶を重ねる。
AI生成イメージ画。実景・史料の正確な復元や、実在製品の写真ではありません。 - 2001年タイガースラム完成。丸山茂樹が米ツアー初優勝、デュバルが全英優勝。選手
- 2002年WHITE HOT 2-BALLとRESCUE MID。全英は初の四人の延長へ。道具・大会
- 2003年18歳の宮里藍がアマチュアで優勝。全英では初出場のカーティスが勝つ。選手
- 2004年r7 QUADが登場。日本で戦ったハミルトンが全英の延長を制する。道具・選手
- 2005年宮里藍と北田瑠衣が女子W杯優勝。ニクラウスは最後の全英を終える。選手・大会
- 2006年ロッサにピュアロール。ウッズは全英でドライバーを一度だけ使い優勝。道具・選手
- 2007年15歳の石川遼が国内ツアー優勝。ハリントンは全英の延長を制する。選手
- 2008年AP2アイアン、SPIDERパターが登場。ハリントンは全英を連覇。道具・選手
- 2009年R9の角度調整。片山晋呉はマスターズ4位、59歳ワトソンは全英で延長へ。道具・選手
- 2010年石川遼が58打、宮里藍が世界1位。全英は創始150周年を迎える。選手・大会
- 2011年白いR11が登場。42歳のクラークが二十度目の出場で全英を制する。道具・選手
- 2012年RocketBallzフェアウェイウッド。エルスが10年ぶりに全英優勝。道具・選手
- 2013年SLDRのスライド式ウェイト。ミケルソンが全英優勝、松山は6位タイ。道具・選手
- 2014年G30のタービュレーター。松山は米ツアー初優勝、マキロイは全英優勝。道具・選手
- 2015年カーボンクラウンのM1。スピースがマスターズと全米を制する。道具・選手
- 2016年M2が登場。ゴルフが112年ぶりに五輪へ戻り、リオで男女競技を開催。道具・大会
- 2017年EPICのJAILBREAK。松山が最終61打で勝ち、宮里藍が引退を表明。道具・選手
- 2018年M3・M4のTwist Face。モリナリが週末ノーボギーで全英優勝。道具・選手
- 2019年EPIC FLASHのAI設計。タイガーがマスターズ、渋野日向子が全英女子優勝。道具・選手
- 2020年日本でG425フェアウェイウッド発売。全英は中止、全米は9月に開催。道具・大会
- 2021年松山英樹がマスターズ優勝。笹生優花は全米女子オープンを制する。選手
2021年を絵でたどる

2021 · 時代を映す一枚日本の夢が、グリーンに染まる。 松山英樹がマスターズを制し、日本男子初のメジャー優勝。グリーンジャケットとクラブハウス型のトロフィーに、その喜びを重ねる。
AI生成イメージ画。実景・史料の正確な復元や、実在製品の写真ではありません。 - 2022年ステルスの60層カーボンフェース。第150回全英はスミスが優勝。道具・大会
2022年を絵でたどる

2022 · 時代を映す一枚新しい素材が、顔になる。 ステルスが登場した年。赤い打球面と黒いヘッドで、カーボンフェースという時代の目印を描く。
AI生成イメージ画。実景・史料の正確な復元や、実在製品の写真ではありません。 - 2023年PARADYMが登場。全英はハーマン、AIG女子はリリア・ヴが優勝。道具・選手
- 2024年笹生優花が全米女子、古江彩佳がエビアン優勝。竹田麗央は年間八勝。選手
- 2025年ロリー・マキロイがマスターズを制し、生涯グランドスラムを達成。選手
- 2026年Qi4D登場。マキロイがマスターズ連覇、西村優菜が米初優勝。10月10日時点。道具・選手
矢印のある年から、当時の道具や名勝負を詳しく読めます。年別ページは1860〜2026年の167年分です。