1873年
セントアンドリュースへ。新しいトロフィーが渡る。
トム・キッドが179打で優勝し、ジェイミー・アンダーソンは180打で2位。初めてセントアンドリュースで開かれた全英は、1打差の勝負になった。 全英が初めてプレストウィックを離れた。大雨のセントアンドリュースで、地元のキャディー、トム・キッドが勝つ。同じ年、カナダでは新しいクラブが生まれた。
この時代のプレークラブ

1850年頃のD.マキューアンのプレークラブ。木製ヘッドと長いシャフトを備える館蔵品を、この時代のドライバーの源流として紹介する。単年の発売モデルや王者の使用品を示す写真ではない。
この年の全英と、主役たち
SEASON LEADERS年間賞金順位の代わりに、当時の主要選手権とその勝者を紹介する。個別大会の賞金と年間の獲得賞金は区別して読む。
英国男子 · オープン選手権
1873年
全英オープン優勝
セントアンドリュースで36ホールを179打。この大会の優勝者で、年間賞金王の記録ではない。
当時の主要選手権
MAJOR CHAMPIONS1873年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
選手権の勝負と、クラブや道具の歩み。
- 年間
地元のキッドが、雨の中で勝つ
トム・キッドが179打で優勝し、ジェイミー・アンダーソンは180打で2位。初めてセントアンドリュースで開かれた全英は、1打差の勝負になった。
- 年間
18ホールを2周する全英
これまでのプレストウィックは12ホールを3周。この年は18ホールのコースを2周したが、競技の合計は同じ36ホールだった。18ホールの会場になったことと、72ホール競技への変更は別の節目である。
- 年間
クラレット・ジャグを初めて授与
キッドは新しい銀のトロフィーを最初に受け取った王者となった。一方、ジャグの先頭に刻まれた優勝者は前年のヤング・トム・モリス。授与の年と、最初の刻印の年は一致しない。
- 年間
モントリオールで、8人がクラブを作る
カナダでは、ガッタパーチャ・ボールを打っていた8人が独立したクラブを設立した。現在のロイヤル・モントリオールにつながるが、創設時の名称に「ロイヤル」はなく、称号を得るのは1884年だった。
- 道具
飛距離を担った、長い木製クラブ
ティーから遠くへ運ぶ役割を担ったのがプレークラブ。写真は1850年頃のD.マキューアンの館蔵品で、長いシャフトと木製ヘッドを持つ。現代のドライバーへつながる形を、当時の競技の記録と見比べられる。
日本のゴルフ
日本での本格的なクラブの歩みは、1903年の神戸ゴルフ倶楽部の開場へつながる。ここでは、この年に確認できない大会や賞金順位を補わない。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 187318ホールのコースで、初めての全英。
この年の会場はセントアンドリュース。全英で初めて18ホールのコースを使い、2周の36ホールで争った。大雨でコースには水がたまり、地元のキャディー、トム・キッドが91・88の179打で優勝した。ジェイミー・アンダーソンとは1打差だった。
最初に受け取った人と、最初に刻まれた名前。
キッドは銀のクラレット・ジャグを初めて受け取った王者となった。ただし、トロフィーに最初に刻まれた優勝者の名前は前年のヤング・トム・モリス。完成が間に合わなかった年の勝者も、新しい賞品に記録された。
カナダで、8人がゴルフクラブを作る。
モントリオールでは、ガッタパーチャ・ボールでプレーしていた8人がゴルフクラブを設立。現在のロイヤル・モントリオール・ゴルフクラブにつながる。創設時はモントリオール・ゴルフクラブという名で、「ロイヤル」の称号を得るのは1884年だった。