1874年
9ホールを4周。パーク弟が初出場で勝つ。
初代王者ウィリー・パークの弟、マンゴー・パークが159打で初優勝。ヤング・トム・モリスは161打で2位となり、この大会が最後の全英出場になった。 全英の新たな会場はマッセルバラ。船乗りとして過ごしたマンゴー・パークが、初出場でヤング・トムを破った。
この時代のプレークラブ

1850年頃のD.マキューアンのプレークラブ。木製ヘッドと長いシャフトを備える館蔵品を、この時代のドライバーの源流として紹介する。単年の発売モデルや王者の使用品を示す写真ではない。
この年の全英と、主役たち
SEASON LEADERS年間賞金順位の代わりに、当時の主要選手権とその勝者を紹介する。個別大会の賞金と年間の獲得賞金は区別して読む。
英国男子 · オープン選手権
1874年
全英オープン優勝
マッセルバラで36ホールを159打。この大会の優勝者で、年間賞金王の記録ではない。
当時の主要選手権
MAJOR CHAMPIONS1874年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
選手権の勝負と、クラブや道具の歩み。
- 年間
初出場のマンゴー・パークが勝つ
初代王者ウィリー・パークの弟、マンゴー・パークが159打で初優勝。ヤング・トム・モリスは161打で2位となり、この大会が最後の全英出場になった。
- 年間
9ホールを4周して、36ホール
全英は初めてマッセルバラへ。9ホールのコースを4周する方式で争われた。前年の18ホール2周、プレストウィックの12ホール3周と、同じ36ホールでもコースの回り方は異なった。
- 年間
カナダのケベックにも、ゴルフクラブ
現在のロイヤル・ケベックにつながるクラブが1874年に設立された。前年のモントリオールに続き、カナダのクラブの歩みも少しずつ広がっていく。
- 道具
飛距離を担った、長い木製クラブ
ティーから遠くへ運ぶ役割を担ったのがプレークラブ。写真は1850年頃のD.マキューアンの館蔵品で、長いシャフトと木製ヘッドを持つ。現代のドライバーへつながる形を、当時の競技の記録と見比べられる。
日本のゴルフ
日本での本格的なクラブの歩みは、1903年の神戸ゴルフ倶楽部の開場へつながる。ここでは、この年に確認できない大会や賞金順位を補わない。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 1874今度は、9ホールのコースで36ホール。
マッセルバラで初めての全英が行われた。当時のコースは9ホール。4周して36ホールを競った。前年のセントアンドリュースは18ホールを2周。同じ36ホールでも、開催地によって回り方が変わった。
ウィリーの弟、マンゴー・パーク。
マンゴー・パークは初代王者ウィリー・パークの弟。若い頃を海で過ごし、この年が全英初出場だった。前半18ホールを75打、後半を84打で回り、合計159打。ヤング・トム・モリスに2打差で勝った。
ヤング・トムが出場した、最後の全英。
4大会続けて勝っていたヤング・トムは、この年2位。この大会が彼の最後の全英出場になった。翌年のクリスマス、24歳で亡くなり、再び全英のティーに立つことはなかった。