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国・地域未確認 · 男子・一般

ウィリー・パーク・シニア

Willie Park Sr.

日本語名は仮表記です。英語名を併記しています。

人物と歩み

マッセルバラの農家に生まれ、木を削った棒でゴルフを覚えた初代全英王者。長い飛距離と、カップまで届かせる強気のパットを武器にした。

1860年、地元プロのを破って第1回全英を制した。最初の8大会で3勝、2位4回。1875年にも勝ち、初優勝から15年を隔てて4個目のタイトルを手にした。

モリス父子との賭け試合は初期のプロゴルフの見せ場だった。弟マンゴー、息子ウィリー・ジュニアも全英を勝ち、パーク家はモリス家と並ぶ王者の一族になった。

生涯成績

PGA TOUR認定通算4勝。男子メジャー4勝。1860〜1875年に1種類のメジャーで優勝。

PGA TOUR認定通算
4勝
男子メジャー通算
4勝
メジャー優勝大会の種類
1大会

公式資料の確認日:

ツアー通算勝利には、そのツアーが認定するメジャー優勝を含みます。メジャー勝利を足し合わせた総勝利数ではありません。一般・シニア・アマチュアの実績は区別しています。 歴史上の選手は、遡及認定を含むツアー通算と公式プロフィール掲載のプロ通算を分けて表示します。

メジャー優勝の内訳

全英オープン · 4勝
1860年、1863年、1866年、1875年

PGA TOUR認定通算は2026年公式メディアガイドの歴代一覧に基づきます。ツアー創設前やアマチュア時代の認定勝利を含むため、当時の所属ツアーやプロとしての勝利数を示すものではありません。メジャー通算とは重複するため合算しません。

メジャーでのキャリア

1860年の全英オープンで最初のメジャー優勝。その後も勝利を重ね、1875年の全英オープンまでに通算4勝を挙げた。

大会ごとの実績

最多優勝の大会は全英オープンで4勝(1860・1863・1866・1875年)。優勝したメジャーは1種類。

公式記録に残る通算勝利

PGA TOURの公式歴代勝利一覧では通算4勝と認定されている。歴史上の大会を遡って認定した記録を含み、世界各地の全大会を合計した生涯総勝利数ではない。

キャリア年表

  1. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1860年のゴルフ史を読む →
  2. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1863年のゴルフ史を読む →
  3. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1866年のゴルフ史を読む →
  4. メジャー優勝

    全英オープンで優勝。

    1875年のゴルフ史を読む →

ゴルフ史でたどるキャリア

  1. 全英オープンは、8人の大会から始まった。

    本命視されたのは、このコースを管理していたトム・モリス。のちにオールド・トムと呼ばれる人物だ。だが初代王者になったのは、マッセルバラから来たウィリー・パークだった。

    1860年のゴルフ史を読む →
  2. アマチュアも参加。オールド・トムが勝つ。

    最終周は53打。合計163打で、前年王者ウィリー・パークの167打を4打上回った。モリスは地元のコースで、全英初優勝を果たした。

    1861年のゴルフ史を読む →
  3. 13打差。オールド・トムの圧勝。

    オールド・トム・モリスは最初の周回を52打で回った。ウィリー・パークは59打。わずか12ホールで7打の差がつき、モリスはその後も先頭を譲らなかった。

    1862年のゴルフ史を読む →
  4. 初めての賞金と、パークの雪辱。

    最初の12ホールを55打で回ったのは、ウィリー・パークの弟。兄とオールド・トム・モリスに1打差をつけた。だが2周目で後退し、優勝争いは再びおなじみの二人へ移った。

    1863年のゴルフ史を読む →
  5. 優勝賞金は6ポンド。モリス、3度目の王者へ。

    12ホールを3周して167打。オールド・トム・モリスは、の169打を2打上回った。前年王者ウィリー・パークは2周目に67打を要し、優勝争いから離れた。

    1864年のゴルフ史を読む →
  6. 兄が優勝、弟が2位。パーク兄弟の全英。

    ウィリー・パークはその日の最初の組でスタート。12ホールを54打で回り、弟デービッドらに4打差をつけた。2周目も56打と、その周回の最少スコアを出してリードを広げた。

    1866年のゴルフ史を読む →
  7. 46歳の王者。借りた木製クラブで風を抜く。

    最初の周回でモリスは58打。2周目の54打でウィリー・パークに2打差をつけると、最後は二人とも58打だった。合計170打で、46歳102日のモリスが4度目の優勝を果たした。

    1867年のゴルフ史を読む →
  8. 17歳のヤング・トム。父を破って初優勝。

    の最初の51打は、大会の周回最少記録だった。2周目に父とウィリー・パークが50打を出すと、息子は最後の周回をさらに1打少ない49打で回った。スコアを縮め合う親子の勝負でもあった。

    1868年のゴルフ史を読む →
  9. 9ホールを4周。パーク弟が初出場で勝つ。

    は初代王者ウィリー・パークの弟。若い頃を海で過ごし、この年が全英初出場だった。前半18ホールを75打、後半を84打で回り、合計159打。ヤング・トム・モリスに2打差で勝った。

    1874年のゴルフ史を読む →
  10. 最初の王者が、15年後にもう一度。

    2周を終えた時点で、ウィリー・パークは115打。の114打を追っていた。パークが最後の周回を51打で回り、合計166打で逆転。マーティンには2打差、前年王者の弟マンゴーには5打差をつけた。

    1875年のゴルフ史を読む →
  11. パークの息子が勝つ。16番の砂が分けた勝負。

    父ウィリー・パークは1860年の初代王者で、全英を4度制していた。息子もプレストウィックで勝ち、モリス父子に続く父子の全英王者となった。自身も、2年後にもう一度勝つ。

    1887年のゴルフ史を読む →
  12. 一つのホールで8打。それでもブレイドが8打差。

    最終ラウンドは72打、合計291打でに8打差をつけた。1904年のジャック・ホワイトの296打を5打更新する全英の記録。4勝で、モリス父子、ウィリー・パーク、バードンの優勝回数に並んだ。

    1908年のゴルフ史を読む →

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