1894年
全英がイングランドへ。米国ではUSGAが生まれる。
R.フォーガンのドライバーを道具のアイコンに、当時の選手権の勝者と、ゴルフが広がる歩みを振り返る。全英が初めてスコットランドを離れ、J・H・テーラーが勝った。米国では「全米王者」が二人いる状況から、統括団体づくりが進んだ。
この時代のドライバー

R.フォーガンのドライバー。1890年と記録されたR.フォーガンのドライバー。金属のソールと木製ヘッドを備えた館蔵品を、この時代の道具として紹介する。個別選手の使用モデルを断定しない。
選手権を制した主役たち
SEASON LEADERS確認できる主要選手権の優勝者を掲載。記録のない年間賞金順位や、創設前の大会の勝者は補わない。
英国男子 · オープン選手権
1894年
全英オープン優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
英国男子 · アマチュア選手権
1894年
全英アマチュア優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
英国女子 · アマチュア選手権
1894年
全英女子アマチュア優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
この時代は年間賞金王の欄を無理に揃えず、主要選手権の勝者で振り返る。全英アマは1885年、全英女子アマは1893年、全米の3選手権は1895年から。オープンとアマチュア選手権を一つのプロメジャー数へ合算しない。全英は1892年、全米オープンは1898年に36ホールから72ホールへ変わる。
当時の主要選手権を見渡す
MAJOR CHAMPIONS1894年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
英国と米国の選手権、女性の競技、道具と大会の変化。
- 年間
全英オープンはJ・H・テーラー
J・H・テーラーが全英を制した。本戦72ホールの合計は326打。舞台はロイヤル・セントジョージズ。リンクスの風や地形を相手に、その年の王者が生まれた。
- 年間
全英の舞台と、競技の長さ
ロイヤル・セントジョージズで争われた全英は、72ホール。1892年からの長い勝負で、前年までの36ホール時代とは優勝スコアの桁も変わった。同じ大会名でも、開催地と方式の変化を合わせて読むと時代の違いがわかる。
- 年間
- 年間
全英女子アマチュアはマーガレット・スコット
マーガレット・スコットがLittlestoneで優勝。決勝結果は3&2。1893年に始まった女性たちの主要選手権で、後年の女子プロの賞金順位やメジャーとは分けて振り返る。
- 年間
USGA創設で、共通の全米選手権へ
米国で別々の大会から全米王者が生まれたことを背景に、12月22日にUSGAが創設された。全米オープン、全米アマ、全米女子アマが初めて開かれるのは翌1895年。まだない大会を中止とは数えない。
- 道具
道具のアイコンは、R.フォーガンのドライバー
R.フォーガンのドライバー。1890年と記録されたR.フォーガンのドライバー。金属のソールと木製ヘッドを備えた館蔵品を、この時代の道具として紹介する。個別選手の使用モデルを断定しない。この年の選手全員が同じモデルを使った、という意味ではない。
日本のゴルフ
この年の日本の全国選手権や賞金順位は掲載しない。六甲の最初の4ホールは1901年、神戸ゴルフ倶楽部の開場は1903年。日本の競技が育つ節目は、これから訪れる。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 1894鉄道運賃を下げ、選手を南へ招く。
初めてイングランドで開かれる全英には、スコットランドのプロが来られるよう、割引の鉄道運賃が用意された。舞台はサンドウィッチのセントジョージズ。94人が出場し、それまでで最大の大会となった。
23歳のテーラー、5打差で初優勝。
J・H・テーラーは84・80・81・81の326打で、ダグラス・ローランドに5打差をつけた。アマチュアのボールとヒルトンに続き、イングランドのプロとして初めて全英を制した。
「全米王者」が二人。共通の大会が必要になる。
米国ではニューポートとセントアンドリューズの二つのクラブが、それぞれの大会の優勝者を全米王者とした。全国共通の大会とルールを担う団体が求められ、12月22日、五つのクラブの代表がUSGAを設立した。