ゴルフ史

1890年

アマチュアが全英を制した。ジョン・ボールの二冠。

R.フォーガンのドライバーを道具のアイコンに、当時の選手権の勝者と、ゴルフが広がる歩みを振り返る。プロの名手たちを破ったのは、ホイレークのアマチュア。同じ年の全英アマと全英を、ジョン・ボールが両方勝った。

この時代のドライバー

R.フォーガンのドライバー。1890年と記録されたR.フォーガンのドライバー。金属のソールと木製ヘッドを備えた館蔵品を、この時代の道具として紹介する。個別選手の使用モデルを断定しない。

R.フォーガンのドライバー。1890年と記録されたR.フォーガンのドライバー。金属のソールと木製ヘッドを備えた館蔵品を、この時代の道具として紹介する。個別選手の使用モデルを断定しない。

選手権を制した主役たち

SEASON LEADERS

確認できる主要選手権の優勝者を掲載。記録のない年間賞金順位や、創設前の大会の勝者は補わない。

  • 英国男子 · オープン選手権

    1890年

    ジョン・ボール

    全英オープン優勝

    この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。

  • 英国男子 · アマチュア選手権

    1890年

    ジョン・ボール

    全英アマチュア優勝

    この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。

この時代は年間賞金王の欄を無理に揃えず、主要選手権の勝者で振り返る。全英アマは1885年、全英女子アマは1893年、全米の3選手権は1895年から。オープンとアマチュア選手権を一つのプロメジャー数へ合算しない。全英は1892年、全米オープンは1898年に36ホールから72ホールへ変わる。

当時の主要選手権を見渡す

MAJOR CHAMPIONS

男子の主要選手権

1890年に起きたこと

WORLD & JAPAN

世界のゴルフ

英国と米国の選手権、女性の競技、道具と大会の変化。

  1. 年間

    全英オープンはジョン・ボール

    アマチュアのジョン・ボールが全英を制した。本戦36ホールの合計は164打。舞台はプレストウィック。リンクスの風や地形を相手に、その年の王者が生まれた。

  2. 年間

    全英の舞台と、競技の長さ

    プレストウィックで争われた全英は、36ホール。現在の72ホールとは競技の長さが違う。同じ大会名でも、開催地と方式の変化を合わせて読むと時代の違いがわかる。

  3. 年間

    全英アマチュアはジョン・ボール

    ジョン・ボールがRoyal Liverpoolで全英アマチュアを制した。決勝結果は4&3。ホールごとの勝敗を争うマッチプレーだった。オープンの合計打数とは別に、アマチュアの王者をたどる。

  4. 年間

    ジョン・ボールがオープンとアマを同年制覇

    ジョン・ボールは全英アマチュアに加えて全英オープンも制した。プロも出るオープンをアマチュアが勝つ。年間賞金とは別の物差しで、この時代の強さが見えてくる。

  5. 道具

    道具のアイコンは、R.フォーガンのドライバー

    R.フォーガンのドライバー。1890年と記録されたR.フォーガンのドライバー。金属のソールと木製ヘッドを備えた館蔵品を、この時代の道具として紹介する。個別選手の使用モデルを断定しない。この年の選手全員が同じモデルを使った、という意味ではない。

日本のゴルフ

この年の日本の全国選手権や賞金順位は掲載しない。六甲の最初の4ホールは1901年、神戸ゴルフ倶楽部の開場は1903年。日本の競技が育つ節目は、これから訪れる。

    この年を、もう少し深く

    STORIES OF 1890

    82打を二つ並べ、プロを破る。

    ジョン・ボールは、プレストウィックの18ホールを82打ずつで回った。合計164打。ウィリー・ファーニーとアーチー・シンプソンに3打差をつけ、アマチュアとして初めて全英王者となった。

    イングランドの選手としても、初めて。

    最初の29大会は、スコットランドの選手が優勝していた。ホイレーク出身のボールは、イングランドの選手としても最初の全英王者。大会の勝者の顔ぶれが、国境を越えて変わり始めた。

    同じ年に、全英アマチュアも勝っていた。

    ボールは先に地元で全英アマチュア選手権を制していた。この年、二つの大会を制する二冠を達成。2年後には同じホイレークのアマチュア、ハロルド・ヒルトンも全英に勝つ。