1895年
テーラーの連覇。海の向こうでは、最初の全米。
R.フォーガンのドライバーを道具のアイコンに、当時の選手権の勝者と、ゴルフが広がる歩みを振り返る。セントアンドリュースで、J・H・テーラーが風雨を抑えて連覇。同じ年、米国ではオープン、アマ、女子アマの三つの選手権が始まった。
選手権を制した主役たち
SEASON LEADERS確認できる主要選手権の優勝者を掲載。記録のない年間賞金順位や、創設前の大会の勝者は補わない。
英国男子 · オープン選手権
1895年
全英オープン優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
米男子 · オープン選手権
1895年
全米オープン優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
英国女子 · アマチュア選手権
1895年
全英女子アマチュア優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
米女子 · アマチュア選手権
1895年
全米女子アマチュア優勝
この年の選手権優勝者。年間賞金王の記録ではない。
この時代は年間賞金王の欄を無理に揃えず、主要選手権の勝者で振り返る。全英アマは1885年、全英女子アマは1893年、全米の3選手権は1895年から。オープンとアマチュア選手権を一つのプロメジャー数へ合算しない。全英は1892年、全米オープンは1898年に36ホールから72ホールへ変わる。
当時の主要選手権を見渡す
MAJOR CHAMPIONS男子の主要選手権
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女子の主要選手権
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1895年に起きたこと
WORLD & JAPAN世界のゴルフ
英国と米国の選手権、女性の競技、道具と大会の変化。
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全英オープンはJ・H・テーラー
J・H・テーラーが全英を制した。本戦72ホールの合計は322打。舞台はセントアンドリュース。リンクスの風や地形を相手に、その年の王者が生まれた。
- 年間
全英アマチュアはレズリー・バルフォア=メルビル
レズリー・バルフォア=メルビルがSt Andrewsで全英アマチュアを制した。37ホール目まで進んだ決勝。オープンの合計打数とは別に、アマチュアの王者をたどる。
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全米オープンはホレス・ローリンズ
ホレス・ローリンズが本戦36ホールを173打で回り優勝。初期3大会は36ホールで、1898年から72ホールへ延長される。
- 年間
全米アマチュアの頂点はチャールズ・B・マクドナルド
チャールズ・B・マクドナルドが全米アマチュアを制した。プロとアマが同じフィールドで戦う全米オープンとは別の選手権。アマチュアのタイトルも、この時代の主役を知る重要な記録だ。
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全英女子アマチュアはマーガレット・スコット
マーガレット・スコットがRoyal Portrushで優勝。決勝結果は6&5。1893年に始まった女性たちの主要選手権で、後年の女子プロの賞金順位やメジャーとは分けて振り返る。
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全米女子アマチュアはルーシー・バーンズ・ブラウン
ルーシー・バーンズ・ブラウンが全米女子アマチュアを制した。初回の1895年は18ホールのストロークプレー。翌年からのマッチプレーとは方式が異なる。
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- 道具
道具のアイコンは、R.フォーガンのドライバー
R.フォーガンのドライバー。1895年頃と記録されたR.フォーガンのドライバー。木製シャフト時代の実物を写真で振り返る。1890年の館蔵品とは別個体で、この年の新作とは限らない。この年の選手全員が同じモデルを使った、という意味ではない。
日本のゴルフ
この年の日本の全国選手権や賞金順位は掲載しない。六甲の最初の4ホールは1901年、神戸ゴルフ倶楽部の開場は1903年。日本の競技が育つ節目は、これから訪れる。
この年を、もう少し深く
STORIES OF 1895低い球で、最後の78打。
全英の最終ラウンドで、テーラーは首位を3打差で追っていた。足をしっかり据え、球を低く打つプレーで、強まる雨風の中を78打。合計322打とし、サンディー・ハードに4打差で連覇を決めた。
9ホールを4周。ニューポートの全米オープン。
10月4日、ニューポートで第1回全米オープンが行われた。10人のプロと1人のアマチュアが、9ホールを4周。地元のアシスタントプロ、21歳のホレス・ローリンズが173打で優勝した。全米アマも同じコースで、その週に開かれた。
11月には、13人の女子アマチュア。
全米女子アマチュア選手権は、メドーブルックの18ホールのストロークプレーで始まった。13人が出場し、ルーシー・バーンズ・ブラウンが132打で優勝。USGAが初めて開いた三つの選手権に、女子の大会も含まれていた。
